吸血鬼イベント⑨
「ふぅ…」
「海花様、ルカさんの容態は?」
ルカのいる部屋から出たあたしに、部屋の前で待機していたセルトがルカの容態を尋ねてきた。
「今は大人しく寝ているわ。落ち着かせるのは少し大変だったけどね」
「会った時にはアリスさんを探しに行くと言って聞かなかったですしね」
「それも何とか落ち着かせてようやく静かになったのよ」
急遽ルカからお姉様と連絡が取れなくなったという連絡を受けて、急いでルカの元に行った時にはあの子宿屋から飛び出しそうな勢いだったからね。
あたしたちが何とか取り押さえて部屋に戻したけど、お姉様を探しに行くと言って人の話を聞かないんだもん。
あたしだって内心穏やかじゃなかったけど、お姉様がいなくてルカがこんなだったらあたしがしっかりするしかないじゃない。
だから何とかルカを落ち着かせて大人しくさせないといけないと思った。
詳しい話は朝起きたルカにゆっくり話を聞くことにする。
こういうのは少し時間を置いた方がいいと思ったからだ。
「それにしてもアリスさん程の方が何もできず行方不明となると、敵はかなりの手練れかもしれませんね」
「えぇ。だからルカを一人で行かせるわけにはいかなかったのよ」
これでもしルカまで行方不明になったらお姉様に会わせる顔がない。
「だからしばらくはルカと一緒に行動するつもりよ。皆にも単独行動は避けるように伝えて。あとこっちの国で活動する人にも注意するように伝えてあげて」
「わかりました」
今あたしにできることはこれぐらい…。
お姉様…どうかご無事でいてください…。
---------------------------------------------------------------
「ルカ大丈夫かなぁ…」
この国の歴史などが書かれている書物を読みながら、急に一人にしてしまった友人のことを思う。
一人で私を探すために暴走していないだろうか。
寂しくて泣かせてしまっていないだろうか。
そんなことばっかり考えてしまう。
だが、連絡が取れないため私が無事ということも伝えることができない。
私は小さな溜息をつきながら机にもたれかかる。
そして吸血鬼のアジトの撃破率を見る。
「この調子ならたぶん大丈夫だとは思うけど…」
とはいっても、やはりこの国側の撃破率は他よりも低い。
そして吸血鬼がこの国を狙っている以上、他の国とは違う何かがある。
それを考えると早めにこの国の撃破率を上げておきたいところなのだが…。
「それを伝える手段もないからなぁ…」
私はここにいること以外できないのが悔しい。
しかし、ここで私がいなくなれば女王様の身も危険になることになる。
だからここから離れるわけにはいかない。
「……」
「ん…?」
ふとドアの方から視線を感じたので顔を上げて見てみると、そこにはメアリちゃんがドアと壁の隙間からこちらを伺っていた。
「どうしたの?」
「っ!?」
私が尋ねるとメアリちゃんはびっくりして顔を隠してしまった。
「別に怒ってないから部屋に入ってきて平気だよ」
「……」
私がそう言うとメアリちゃんはゆっくりと顔を見せ、少ししてから部屋の中に入ってきた。
そして私の対面となる椅子にちょこんと座った。
「それで、どうかしたの?」
「えっと…」
言いにくい事なのだろうか、指をつっついたりもじもじしたりして中々話してくれない。
まぁ言いにくい事は言い始めるまで時間掛かるもんね。
メアリちゃんは意を決したのか、話し始めた。
「その…勝手にこのお城に閉じ込めて不自由をさせているというのはわかっています…。ですが、一つお願いをしたいのです…」
「お願い…?」
「お母様をどうか守ってあげてください!」
「えっ?」
「勝手な事を言っているのは百も承知です! ですがどうかお願いします!」
メアリちゃんは私に頭を下げてお願いしてきた。
えっと…一体どういうことなんだろう…?
こんな事にならなくても女王様を守るつもりではいたから、改めてお願いされることでもないんだけど…。
おそらくメアリちゃんからしたら私は誘拐してきて監禁しているプレイヤーという認識なんだろう。
「メアリちゃん」
「はいっ!」
「別にそんなお願いされなくても女王様をちゃんと守るつもりでいるよ」
「えっ?」
「もしかして…私が机にもたれかかってたのを見て勘違いしちゃった?」
私が問うと、メアリちゃんは少し顔を反らして頷いた。
どうやらあの動作が誤解を与えていたようだ。
しばらくメアリちゃんと雑談をして緊張を解してあげると、次第に表情が柔らかくなっていき今では笑顔も見せてくれるようになった。
「それでお姉さんは今何を調べているんですか?」
「今はこの国の歴史と吸血鬼の関係について調べている感じだね。でもやっぱり手がかりが見つからなくて…」
「すいません…私はよく知らないので…」
「それは仕方ない事だからメアリちゃんが気に病む事じゃないよ」
産まれる前の出来事なんだし、よく知らなくて当然だ。
「そういえばメアリちゃん。お城ではお父さんは見えなかったけど、今はどこに住んでいるの?」
「お父様は去年から別の国で過ごしています。それが決まりなので…」
「…その話、詳しく教えてもらえる?」
「はい…いいですけど…?」
メアリちゃんの話を聞いてみると、どうやらメアリちゃんのお父さん―つまり女王様の旦那さんは襲撃がある一年前にはこの国を離れなければいけない仕来りがあるようだ。
というのも、何かあって両親が亡くなってしまうと残された次期女王である娘の面倒を見ることができなくなるため、こういった措置が取られたそうだ。
吸血鬼が狙うのは女王のみ。
そのため、その旦那は対象ではないためこの国から離れても問題ないらしい。
とはいえ、大事な時に傍にいることができないのも辛い事だとおもうけどね。
「お父様は入り婿ですが、吸血鬼に関する事情も全部承知でお母様と結婚しています。本当はお父様もお母様を守りたいと考えていますが、決まりですので…」
話だけ聞くと一見被害者のように聞こえるけど、ある意味一年間姿を隠せるわけだ。
でももしメアリちゃんのお父さんが吸血鬼だとしたら、メアリちゃんは吸血鬼と人間のハーフということになるんじゃないだろうか?
今話している限りメアリちゃんに吸血鬼の要素なんて感じられないし、そのような気配は感じられない。
仮にそうだとしても、わざわざ血を絶やすことなく妻と娘を長年殺め続ける意味がわからない。
メアリちゃんの話を聞く限り、お父さんは女王様とメアリちゃんのことを大切にしているようだった。
それが演技だとは考えにくい。
「メアリちゃん。その仕来りができたのはいつっていうのはわかる?」
「えっと…確か最初に吸血鬼に襲われたひいおばあ様の代だったと思います。その時ひいおじい様は大怪我を負ってしまいましたので…」
余計な被害を出さないようにってことだろう。
「でもそうすると女王様のおばあさんの時って結構な護衛がいたんじゃないのかな?」
「お姉さんのおっしゃる通りです。当時は騎士団も多く護衛についてたとお母様から聞きました。ですが、大事になった分被害も多くなってしまい、おばあ様以外にも多くの犠牲者を出したらしいです…」
「聞いた話だと攻撃が全く効かなかったらしいね」
「はい…五十名ぐらいの騎士や侍女たちもいたのですが、騎士団のほとんどが亡くなり、侍女たちも深手をおいました。先ほどいた執事も前回の戦いの時深手を負った者の一人です。他にもその時深手を負った侍女の娘もこの城で務めています」
「要は秘密を知った者を集めておくということだね」
「はい…」
あまり外に広げていい情報ではないからね。
ある程度の情報統制という形で行ったんだろう。
「ですが今回は吸血鬼の襲撃があるため騎士団が動けなくなってしまい、この古城にいるものしか戦力がありません…」
「そこに私が選ばれたということだね」
「はい…。ですが選ばれるにも条件があります」
「条件?」
「はい。まず吸血鬼の情報について何かしらのアプローチを掛けられそうな者。そして腕の立つ者。この二点を満たした異邦人の方ということになっています」
吸血鬼についてのアプローチと腕か…。
アプローチはともかく、腕は騎士団との試合ってことか。
まぁその条件にピンポイントで当てはまったのが私だったってことか。
「でも他にはそういう人いなかったの? もう私たちが来てから二日は経ったし…」
「私もお城の方にいけないのでお母様の話からしかわからないのですが、特にそういった異邦人の方はお見えになっていないらしいです…」
「そうなんだ…」
これ絶対アジトの方に意識がいってる感じだよね…。
運営もそれを狙ってやってるところがありそうだし…。
アジトが囮ということではないけど、どっちも本命っていうことなんだろう。
確かに私たち次第でこの国の行く末が変わるって言ってたけどさ…。
「せめて事情を話せれば多くの異邦人の方に協力していただけるかもしれないのですが…」
「でもそうすると吸血鬼が国を襲うって言っているんだよね。それは避けなきゃダメだよ」
プレイヤーの準備が整っていない今のタイミングで攻められるときっと守り切れない。
しかも市街戦となると土地勘もないプレイヤー側は動きが取りづらくなる。
いくら復活できるといってもじり貧になるだろう。
その結果国が滅びる、といったこともありえる。
なかなか難しいところだ。
「だからこの古城にいる戦力でできることをやらなきゃ」
「はい…」
「また夜に女王様と一緒に相談しよう。だから今はメアリちゃんの知ってる事を色々教えて」
「はいっ!」
少しでも情報を集める。
それが今の最善だ。
諦めてたまるもんか!
そして時は一刻と過ぎていき、遂に吸血鬼襲撃の日となった。
さーって戦闘描写頑張るぞい!




