今があるのは
「マジか、本当に上崎だったのかよ。久しぶり過ぎて一瞬気が付かなかったわ」
馴れ馴れしく話しかけてくるそいつに俺は少し顔をしかめる。
「前から随分と変わったもんだから気づかなくても当然っちゃ当然か」
「……そう言う秀島は昔から変わってないな」
変わったというのは、今日俺が髪の毛をセットしていることを言っているのだろう。
そうやって人の容姿ばかり見てそれを指摘してくる所は変わってないな、と皮肉を利かせて言えばフンっと鼻で笑われる。
「お前も言うようになったじゃないの、隣にいる女の子に格好つけたいってか?」
「そんなんじゃねーよ」
「ふーん、まあいいや。その横にいる彼女かなんだか知らないけどさ、知ってるか? こいつ、昔は泣き虫だったんだぜ? ちょっとからかわれたくらいで半泣きになるくらいにはな」
今更この程度の事を聞かれて詩織が離れるなんて思ってはいないが、それでも今まで俺が中学生の頃の話をしてこなかったのは、もしかしたら心の奥底で詩織には情けなかった頃の俺を知られたくないという気持ちがあったのかもしれない。
かと言って、今秀島と会っても過去のトラウマをそこまで思い出さないということは、もしかしたら自分で思っていたよりもそれをもう乗り越えることが出来ているのかもしれない。
今の俺は中学生の頃とは違うと断言できるし、信頼できる友達だって少数ではあるがいる。
今になって、もう関わりのないこいつに何か言われたくらいでは、俺の心が動くような事はきっと無い。
「確かにそうだったな」
少し懐かしむかのように俺が言えば、秀島は俺が何か言い返してくるのが予想外だったのか少し驚いた様な顔を見せる。
「横の女の子もどうせこいつの金目当てなんだろ? こいつはやめといた方がいいぜ? 金なら俺の方があるし、今から一緒に俺と夏祭り周らないか?」
俺が過去のことを掘り返されても効かないことが分かったのか、今度は詩織の方に話を振り始める。
俺から詩織を奪ってやろうということなのか、それとも詩織の美貌に惹かれたのかは知らないが、その言い草だとどう考えても詩織を怒らせるだけだろう。
案の定ちらりと詩織の顔を見れば、いつにも増して顔が無表情になっている。
「お、やっぱり図星か。ならやっぱり俺と――」
「あなたが誰なのか知らないけど、誠のことを馬鹿にするのなら私はあなたを許さないわ」
それは今まで聞いたこともない冷たく尖った声で、いつもの詩織からは信じられないほど怒りという感情だけが込められている声だった。
「は? なんだよそれ、こっちが誘ってやってるってのに、お前もちょっと顔がいいからって調子乗ってんのか?」
「あなたには言われたくないわ」
「チッ、お前らマジでムカつくな。そんなこと言っててただで済むと思ってるのか?」
詩織の反抗的な態度が気に入らなかったのか、秀島がキレだす。
「こんな人ごみの中で何かするつもりか?」
こんなにも人の目があるところで手を出そうものなら、他の人に止められるか即座に警察が駆けつけることになるだろう。
「おいおい、まだ一年も経ってないってのにもう忘れたのか? 俺は秀島グループの社長の息子だぜ? お前らの親が働いてる会社に働きかけてクビにしてもらうことだってできるんだ、そんなことされたくなかったら今すぐ土下座して謝るんだな」
思い返せば、中学の頃も同じような文言で脅されて何も言い返せずにいじめられていた。……が、親の権力にだけ頼って、それよりも強い権力が相手にいたときの事は考えなかったのだろうか。
「正直さ、当たり前だけど中学の頃はお前のこと恨んでたよ。まあでも、お前らが俺を虐めてたおかげって言ったらあれだけど、それがあったから俺には信頼できる友達だってできたし、こうして一緒に夏祭りを周って、俺のために怒ってくれる女の子だってできた」
もしあの時、こいつらからの虐めが無かったら、きっと引っ越す事も無く今もこっちで過ごしていたことだろう。
そうなれば詩織とお隣さんになる事も無く、優斗や柊さんとも知り合うことなんて無かった。そう考えれば、今の俺があるのは秀島のおかげ、と言っても差し支えないだろう。
「そりゃああの時は傷ついたし嫌な思いもたくさんしたけど、それを乗り越えられた分たくさんのものを得られたんだ。もうお前と関わることはないだろうけど――」
「なにごちゃごちゃと――」
ここまで秀島が何も喋らなかったのは、急に俺がこんなにも話し出して面食らってたからだろう。
ちゃんと俺が言ったことを聞いていたのかは分からないが、言いたいことはほとんど言えたので俺としては満足だ。
「詩織、さっさと行くぞ」
「……」
未だに秀島に怒っているのか、何か言いたげにしている詩織の手を引っ張る。
秀島も俺がどこかに行こうとしているのを見て何か言っているが、それを何も聞くことなく走ってその場を離れた。
多分後2、3話で本編が終わると考えてます。




