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射的



 外に出てみれば、十九時頃だというのにまだまだ蒸し暑かった。

 太陽こそあと少しすれば沈んでいくだろうが、きっとその後も気温はほとんど下がらないことだろう。

 頬を撫でる風は生温く、繋いでいる手が汗ばんでいないか心配になってしまう。


「そろそろ見えてくるな」


 昨日の散歩で通った道をそのまま歩いていくと、ちらちらと向こうの方に屋台や提灯の明かりが見え始める。

 人もそちらの方へと流れて行っているのだが、やはり浴衣は珍しいのとそれを着ているのが美少女ということもあってか、俺たちは既に視線を集めてしまっていた。

 浴衣に着替える前からこうなることは分かっていたが、やはりあまり気分のいいものではない。


「早くあの行列の中に紛れ込むか」

「走る?」

「いや、今日のこの格好だと動きずらいしこけたら大変だから早足ぐらいな」

「分かったわ」


 さっきよりも少し足を速めて屋台のある通りまで来れば、気になるほどの視線がくることも無くなった。


「よしっ、せっかくだから色々周るか!」

「じゃあ、あれやってみたいわ」


 少し目をキラキラとさせて最初に選んだのは、射的の屋台だ。目新しい物がたくさんあって楽しいのかきょろきょろと辺りを見渡しながら移動している。


「これどうやるの?」


 屋台のおじさんに三百円を渡して、コルク銃と玉を五発貰ったところで詩織がそう尋ねてくる。


「さっき貰ったコルク銃があるだろ? それに玉を込めて向こうにある景品に当てて落とせばそれが貰えるっていうゲームだ」

「じゃあ、はい」

「はい?」


 なぜか詩織はコルク銃を俺に渡してくる。


「誠得意なんでしょ? だから撃ち方を教えて欲しい」

「なんでそんなこと知ってるんだよ……」


 確かに小さい頃によく夏祭りに行っては射的をしていたので、その頃はなかなかに上手かったとは思うが俺はそのことを詩織に言った覚えはない。


「誠のママに聞いたわ」

「そういや仲良くなってたな、お前ら……」


 昨日は母さんが余計な事ばかり話していて頭を抱えることになっていた程だ。

 きっとその時にでも俺が射的が好きだったことも話していたのだろう。コルク銃を受け取ったはいいものの、俺が当てることを疑っていない詩織からの期待にプレッシャーがかかる。


「久しぶりにやるから外すかもしれない、というか数発は外すとは思うけど何か取ってほしい物はあるか?」


 ここで保険をかけてしまうところがなんともダサい気もするが、そもそもとして銃の癖も分かっていない一発で当てる自信など無いので許して欲しい。


「んー、じゃあ、あれが欲しい」


 詩織が指を指した先にあったのはプラスチック製の箱に入った白と黒の指輪だった。


 狙う的が少し大きい分、倒すのは少しコツが必要そうだなと思いながら銃を構えてそれを狙う。

 しっかりと狙いを定めてから引き金を引いて放たれたコルク弾はそのまま真っ直ぐ進み、箱の真ん中よりも少し上を撃ち抜いた。


 弾が当たった事で、箱はぐらりと重心をずれてそのまま下にポトリと落ちる。


「凄いわっ」


 まさか俺も一発目で当てられるとは思ってもいなかったので少し驚きながらも、詩織の期待に応えられてホッとする。

 顔を少し引き攣らせながら景品を持ってきてくれるおじさんには申し訳ないが、まさかこんなにも銃の精度が良いなんて思ってもいなかったので許して欲しい。

 

 まだ一発しか撃ってないので残りは詩織に渡す。

 屋台のおじさんも俺がこれ以上撃たないことにホッとしているようだが、場合によっては詩織の方がやばい気がする。


 結局、詩織は一発目こそ少し外してはいたが、感覚を掴んだのかその後の三発はすべて的に命中して景品を取ってしまったため、屋台のおじさんも涙目で出禁にされてしまった。



「取り過ぎだ」

「ん? でもそういうゲームだったんじゃないの?」

「いや、そうだけど……」


 三百円であれだけ取られてしまっては、営業妨害もいいところだろう。出禁にされてしまったのも致し方ないと思う。

 出禁にされてしまったものは仕方ないので、俺たちはとりあえず少し道から外れたベンチにまで来ていた。


「とりあえずさっき取った指輪渡すよ」

「待って」


 最初に撃ち落としていた指輪を箱ごと詩織に渡そうとするとそれを止められる。


「その箱開けて」

「分かったけど……」

「ありがとう、じゃあ黒のやつは誠のね。私は白」


 そう言われてその黒い指輪をスッと左手の薬指にはめられる。


 !?!?!?!?

 それは、一体どういう意味で……


「……どうしてこの指を選んだんだ?」


 もし、意味を知っていてこの指を選んでくれているのであれば、相当失礼なことをしているがどうにもそこまで分かっているのか怪しい気がして聞いてしまう。


「ママが小さい頃に言ってたの、左手の薬指に一緒に指輪をはめたらずっと仲良しになれるって。だから、誠も私の指に付けて欲しい」

「……」


 詩織は純粋に俺と仲良くしたいと思ってそう言っているのだろうが、俺からすれば凄く恥ずかしい。

 しかし、俺が指輪をはめてくれると信じて疑ってない詩織の目を見てしまえば、やっぱり無理だなんて言える訳もなく……


「お揃いねっ」


 そう言ってそれをこちらに見せながらにっこりと嬉しそうにしている詩織の顔は一生忘れられそうにもない。





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