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夏祭りに行く前に



 あの後散歩から帰ってきて親に夏祭りに行きたいという旨を伝えると、了承を得られたので夏祭りに行けることとなった。



「それは流石に気合い入れすぎなんじゃないか?」

「そんなことないわよ、せっかく夏祭りに行ってくるんだったらこのくらいしてる子なんて少しはいるわよ」

「少しじゃねーか……」

「それに詩織ちゃんはそのつもりでいるみたいだけど?」


 夏祭りに行くことを了承してくれたのは良かったのだが、行く直前になって浴衣を着ていかないかと母親に言われてしまった。

 どうやら詩織にだけは先に言っていたようで、完璧に浴衣に着替えてきてから俺を説得しにかかろうとしてくる。

 俺が嫌がることを分かっていて詩織にだけ伝えたのだろう、手の込んだ事をしてくれる……


「女の子がおめかししてるんだからなにか言うことあるんじゃないの?」

「……その、似合ってると思う」


 両親がいる前で手放しで褒める訳にもいかないので無難な返答をしたのだが、母さんになんとも微妙な表情をされる。


「そういうのがダメなのよ?」

「悪かったな」

「私に謝るくらいなら詩織ちゃんを褒めてあげたらどうかしら?」

「……後でな」


 全く、面倒くさい母親だ。


「今じゃないの?」

「後でもいいだろ? 今はちょっと……」


 今言及するのはやめて欲しい。

 言われなくともちゃんと褒めるつもりではいたので許して欲しいところだ。


「絶対よ?」

「分かってるよ」


 親の前でかなり恥ずかしいのでそんなに言うのはやめて欲しい。


「ていうかなんで俺と詩織に合う浴衣が丁度あるんだよ、準備する暇なんてなかっただろ」

「それは私とお父さんが昔着てたやつのサイズがほとんど一緒だったからそれを引っ張り出してきたのよ」

「そんな偶然がある訳……」

「あったんだから仕方ないでしょう? それに詩織ちゃんはもう着替えてるんだから観念しなさい。それとも詩織ちゃんだけ浴衣で行かせる気なのかしら?」


 どうやらこの討論は始まる前から負けが決まっていたようだ、完璧に俺の弱点を突かれてしまっては拒否のしようがない。

 これ以上俺がうだうだ言っても時間を浪費するだけなので諦めて浴衣に着替えることになった。



「浴衣は似合ってるけど、その野暮ったい前髪もどうにかした方がいいわね」


 浴衣に着替えて親の前に来てみれば、開口一番そんな言葉が飛んできた。


「切らないぞ」

「別に切れとは言わないけど、ワックスとかで整えればいい感じになるんだからさっさとそれやるわよ」

「え、ワックスは髪の毛がベタベタするから嫌なんだけど――」

「ほら、あんたもお父さんに似て顔は良いんだから、ごちゃごちゃ言わずに頭をこっちに向けなさい」


 俺が拒否しようとする前にワックスを持った母さんに頭を押さえられて、髪の毛を弄られる。


「ほら、こうすればそこそこのイケメンになるのにどうしてやらないのかしらね」


 完成した、と鏡をこちらに向けながら母さんがそう言う。

 俺を写したであろう鏡には、普段の俺とはぱっと見分からないような爽やかな髪型をした男が写っていた。


「でも顔が仏頂面だからもうちょっとニコッとしないとなんか違和感あるわね」

「自分でそれしといて言うか? それにそういうのは趣味じゃない」

「まあ誠がそう言うならいいけど、そんなんじゃモテないわよ? それとももうモテなくてもいいって事かしら?」

「うるさい」


 親にそういうのは口出しされたくはない。というかからかってくるのはやめて欲しい。


「詩織ちゃんも、誠かっこよくなったと思うでしょう?」

「いつもに増してカッコイイと思うわ」

「ほら」


 母さんがニヤニヤとこちらを見ながらそう言ってくるので非常にやりづらい。

 そういうのは、二人の時にして欲しいものである……



「じゃあ人込みには十分気を付けて行ってくるのよ?」

「分かってるよ」

「絶対にはぐれないようにしなさいよ?」

「分かってるって」

「あ、それと詩織ちゃんがナンパされないように気をつけなさいよ?」

「……そのために髪型まで弄られたんだから心配ない」


 詩織に見合う、まではいかないだろうが普段の俺よりはましになっているので、きっと大丈夫だと信じたい。

 少なくとも知らない男に手を出させるような真似は絶対にさせたくないし……


「その様子なら大丈夫そうね、じゃあ行ってらっしゃい」

「「行ってきます」」




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