掌の上で遊ばれていたようだ
玄関で靴を脱いだ母さんはそのまま一直線に詩織の方へ向っていく。
「聞いてはいたけど、本当に居るなんて思わなかったわ~」
こんな美少女が俺と一緒にいることが信じられてなかったのか、詩織の顔を見て少しびっくりしている。
「とりあえず会ったばっかりなんだし自己紹介でもしましょう? 私は上崎舞、知っての通り誠の母親よ、よろしくね」
「私は一条詩織、誠にお世話されてる」
いや、確かに事実なんだけれども、だけども! 省略しすぎなのではないでしょうか……
母さんが「あらまあ」と言わんばかりの表情でこちらを見ているのが、非常にやりずらい。
「何か変な誤解してるっぽいけど、詩織はまじで生活力が皆無だから、なんやかんやあって俺が手伝ってるだけで、そういうのじゃないからな?」
「皆無は言い過ぎ、最近はちょっと出来てる」
「ちょっとって、それ食べ終わった自分の皿を洗えるようになったぐらいだろ、そんなのよりもとりあえず風呂ぐらい一人で入れるよう、に……」
そこまで言ってやらかしたことに気づく。ここにいるのは詩織だけでなく母さんもいる訳で、そして俺の発言を聞いた母さんはなんとも表現しづらい表情で俺を見ていた。
「……とりあえずその顔やめない?」
「いやあ、息子がここまで進んでるとは思わなかったわ~」
「誤解を解きたいから一旦話を聞いて欲しいんだけど」
「まさかそんなに仲良くなってる女の子が居るなんて思いもしなかったわ、帰ったらお父さんにも報告を――」
「話聞けって言ってるだろ!?」
「母親にその口の利き方はないんじゃないの?」
「それ言うならまずは息子の話を無視するのやめてくれない?」
この誤解のまま放っておいたら、とんでもないことになるのは間違いないので話を聞いて、そして信じて貰わないといけない。
ただ、俺と詩織は付き合ってないだけで、一緒に風呂に入っていることは間違いではないので信じて貰えるか怪しいところではあるが……
途轍もなく厄介なことになってしまった……
結果から言うと、家に向けての出発を一時間も遅らせることになってはしまったが、俺の頑張った甲斐もあってなんとか誤解を解くことはできた。と思う。
「誠の言うことは分かったけど、よく義君が納得したわね」
「まあかなり渋々って感じだったよ」
「義君は娘を可愛がってるって聞いてたからやっぱりそうよね」
「……ところでさっきからずっと気になってるんだけど、なんで義君って呼んでるんだよ」
普通ならそもそもとして会ったこともないような人を下の名前で呼ぶような事はしないと思うのだが……
それに可愛がってるって聞いてる、というのもかなり引っかかる。一体その情報を誰から聞いたというのか。
「そりゃあ元クラスメイトなんだからそう呼んでてもおかしくないでしょう」
「……は?」
それはいったいどういう……
「高校生の時に美緒ちゃん達とは同じクラスだったのよ、だから全部知ってたってわけよ」
「はああああああ? ならそれを先にだな――」
「だってそれを言っちゃったら面白くないでしょ?」
どうやら完全に母さんの掌の上で遊ばれていたらしい。
多分詩織が付いてくることを了承したのも、親同士が知り合いだったからに違いない。
……もしかしたらお世話係になるところから仕組まれていたのかもしれないな……と思うと少しゾクッとする。
「……じゃあ父さんに着くまで内緒にしとくってのは?」
「詩織ちゃんは昔の美緒ちゃんにそっくりなんだもの、急に来たらびっくりすると思ったから驚かせたいでしょ?」
父さんも母さんの悪ふざけに巻き込まれるらしい。
どうあがいても、俺たち家族は母さんには勝てない運命のようだ。
結局、俺の一時間の奮闘も無駄に時間を使っただけという虚しい結果に終わってしまった。
この後実家に向けて車に乗って出発したが、母さんは詩織に根掘り葉掘り俺との話を聞いていたので、俺は無心でイヤホンをつけて音楽を聴くことだけに集中するしかなかった……
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