面倒くさいことが起きそうだ
「悪いね、やはり慣れないことはするものではなかったよ……」
少し顔色を悪くしながら謝る義さんを見て、俺も悪いことをしてしまったなと思う。
せっかくの休暇なのに、ここでダウンしてしまってはのんびりと休むことができなくなってしまう。
事前に長風呂が苦手だということを聞いておくべきだったなと反省する。
「すみません、先に気づくべきでした。せっかくの休暇なのに――」
「いや、それは僕も言ってなかったから誠君に非はないよ、とりあえず僕は先に部屋に戻って休んでいるから、四人で晩御飯は先に食べて置いてくれるかい?」
「部屋まで送ります」
「いいよ、そこまで迷惑をかける訳にもいかないからね、そんなに離れているわけでもないから大丈夫だ」
そう言って少しフラフラとした足取りで部屋に行こうとしているので、やっぱり付き添いに行こうとしたところで今度は美緒さんに止められる。
「あの人は頑固だから、行こうとしても断固として断ると思うわよ? それに少し格好つけたいようだしね」
「大丈夫なんですね?」
「ええ、あの程度なら一時間もすれば復活するわね」
長年付き添っている人がそう言うのなら間違いないのだろう。話し方からして今までにも何度もあったようだし……
「なら早く晩御飯食べに行こ」
「ええそうね、今日はかなり動いてお腹ペコペコだしさっさと行きましょう」
さっきまでいろいろあったので意識がそちらに向いていなかったが、こうして余裕が出てくるとつい詩織の方を意識してしまう。
自分の気持ちを知ってしまったからか、妙に心臓がドキドキとしてしまう。
「ん、誠どうかした?」
少しボーっとしてたうちに美緒さんと日向さんは先に行ってしまったようで、俺に気づいてくれた詩織が戻ってきてくれたようだった。
「……あー、おれも少しだけのぼせちゃったみたいでボーっとしてただけだよ――」
そう言い切る前に詩織がこちらに顔をグイッと近づけてきて俺の額に手をくっつけてくるので、お風呂上がりのシャンプーのほんのりと甘い匂いがする。
「んなっ……」
「本当にしんどくない?」
「……あ、ああ。別に熱がある訳じゃないからおでこに手をくっつけなくても大丈夫だぞ?」
「そう、ならよかった」
かなり心配そうにしてくれていたので悪いことをしてしまったなと思いつつ、心配してくれたということに嬉しさを感じる。
「心配させて悪かったな、別にどうってことはないから早く一緒に追いつきに行こうか」
「うん」
早足で二人のもとに向かい、席に着く。
「何かあったの?」
「少しボーっとしてて……」
「それは大丈夫?」
「ええ、ほんとに少しボーっとしてただけですから」
まさか詩織のことを考えていて遅れましたなんて、口が裂けても言えないので、噓を付くしかないが心配されるとなんとも罪悪感が湧いてくる。
「パパがいないのはちょっと残念だけど、ここのご飯は美味しいから楽しみね」
「ええ、ここの女将さんが作る料理は絶品だものね」
詩織達がそんなに言うのなら、かなり期待が高まる。
「料理は女将さんが作るんですか?」
「そうなの、ここを経営してるのがあの女将さん夫婦で、ここはその家族だけですべてやってるそうなのよ」
「こんな立派なところを家族だけでやってるっているのは凄いですね」
家族だけでってことは、子供もいるだろうがそれでも少人数でこれだけ立派な建物を管理しているのは凄い話だ。
かなり有名な人や地位の高い人が多く来るから、秘密が漏れないようにしているのかもしれない。
だとしたら、本当に俺までここに来て良かったのだろうか……
「そういえばここの娘さんは詩織達と同い年だったわね、最近は忙しくてあまりここに来てなかったけど元気かしら?」
「確かに、あの双子ちゃんはお転婆だったから女将さん大変そうだったもんねー」
「あら、噂をすればね」
美緒さんが顔を向けた方に俺も視線をやると、顔がよく似た美少女が二人並んでこちらに向かってきていた。
「あ! 詩織ちゃん達だ!」
「ちょっと姉さん声大きいって」
「だって久しぶりで嬉しいんだもん! 唯だって嬉しいでしょ?」
「それはそうだけど……」
凄く仲がよさそうな双子ちゃんである。
「えーっと、お久しぶりです! 一条家のみなさ、ま……誰ですかこの人」
テンション高めできた姉さんと呼ばれていたほうの子が俺の顔を見た瞬間、声のトーンが一オクターブ近く下がる。
まあ、こうなることはなんとなく予見はしてたよ……また少し面倒くさいことが起きるような気がする……




