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手を繋いで



 あのまま俺が何かを言おうとした時には、日向さんは颯爽と帰って行ってしまった。嵐のような人である。

 それはいいのだが、それとは別で日向さんが居なくなって二人になってから俺の思い違いでなければ、妙に詩織との距離がいつもよりも近い。


 特に今まで気にしてもなかったが、言うなれば肩の距離がいつもならこぶし一個分は開いていたのだが、今は少し動けば肩同士がぶつかってしまいそうなほど近い。


 別に嫌とかではないのだが、俺が動くたびに真横を付いてくるので気持ちが落ち着かない。

 まるで飼い主が大好きな犬みたいだなと思ったのは内緒の話だ。



「日向さんに何か言われたか?」


 別に聞かなくても良かったと思ったが、気になってしまったので原因になりそうなことを聞いてみると、図星だったのか詩織が少しびっくりした顔をして何度もまばたきをしていた。


「どうしてわかったの?」

「そりゃあ、いつもよりやけに距離が近いし、さっき俺が買い出しにでも行ったときに何か言われたのかなあとは思ったけど、正解だったか」

「どうしてかは聞かないの?」

「うーん、詩織が言いたいなら聞くけど、言いたくないなら聞かないよ」


 そもそも言うつもりもなかったので無理に聞くつもりも毛頭ないが、気にならないというわけではない。

 まあ日向さんの事なので、どうせろくでもないことのような気がしているが……。


「じゃあ秘密にしておくわ」

「はいよ、じゃあせっかくまだ夜まで時間あるし、ちょっと出掛けないか?」

「どこに行くの?」

「んーそうだな、食器とかもうちょっと欲しいし、ショッピングモールにでも行くか」


 最近は家に俺や詩織の知り合いのが来ることが増えてきて、食器が足りなくなりかけていたので、ちょうどいい機会だろう。

 ついでに枕も新調したかったので、それも見させてもらうことにしよう。




 まだお昼を過ぎて少ししか経っていないためか、ショッピングモールには思ったよりも人がいた。


「はぐれるなよ?」


 詩織がきょろきょろと周りを見ながら歩いているので、途中でどこかに行ってしまわないか心配だ。

 そういえばスーパーにはよく一緒に行っていたけど、ここに来たのは初めてなので物珍しいのだろう。


「ん」


 そう言って手を差し出してくるのだが、これはもしかしなくとも手を繋げということだろうか……。

 周りに人がいる状況で手を繋ぐのはかなり恥ずかしいのだが、それできょろきょろしている詩織とはぐれてしまっては元も子もない。

 これははぐれないようにするためだと自分に言い聞かせて、詩織の手を取る。


「むふぅ」


 どうやら満足してくれたらしい。

 周りからは微笑ましいような、羨ましそうな視線を受けながら、買い物をすることになってしまったが、不思議と嫌な気分にはならなかった。




 人は失敗してしまう生き物だ、一度も失敗しない人なんてこの世にはほとんどいないと思う。

 だけど、そうなるかもしれないと一度は考えていながら、失敗してしまったのは完全に俺の失態だった。



 それはほとんど買いたいものも買い終えて、もうすぐ帰ろうというときだった。

 詩織がお手洗いに行きたいとのことだったので、ちょうど近くのトイレに行ったのだが、その時俺もついでにとトイレに行ってしまった。


 しかし、思っていたよりも男子トイレのみ混雑していたらしく、その結果まずいと思って急いでトイレから出た時には、詩織の周りにはチャラそうな二人の男が立っていた。



 詩織はかなり不安そうな顔をしながら、きょろきょろと周りを見ている、きっと俺を探しているのだろう。

 俺は急いでそちらに駆け寄って、詩織に声を掛ける。


「ごめん、遅れて悪かった」

「遅いわ」

「ほんとごめん、後で何でもするから」


 このまま二人組の男が帰ってくれたらいいなあ、なんて考えたが、ナンパに慣れていそうな人達がこれで引き下がる訳もなかった。


「お兄ちゃん、割り込みは良くないと思うんだけど?」

「そうそう、俺たちはこの子とこれからお茶でも飲みに行こうって話をしてたとこなんだけど」


 どう考えても、詩織がそんな話に乗った訳がないし、そもそも知らない人についていくわけがない。


「こいつは俺の連れなので、すみませんけど他を当たってくれますか?」


 俺が詩織の手を引きながら言うと、露骨に嫌そうな顔をしながらどうにか俺をどけようとしてくる。

 きっと、こんなに可愛い子はなかなかいないので、逃したくないのだろう。


「すました顔で言ってんのムカつくわー」

「ていうかこんなに可愛い子の連れがお前だって? 似合わねー」


 こっちとしては動揺しているのがバレないように平静を何とか装っているのだが、どうやらバレてないようでホッとする。

 正直なところ、ポーカーフェイスには自信がまったく無くなってしまっていたので、バレなかったのは意外であるが。


 それよりも不安になったのは詩織の方だ、どうやらかなりご立腹のようで、眉間にしわが寄っている。

 

「あなたに誠の何が分かるの?」


 まさか詩織の方から喋るなんて予想していなかったのか、それとも静かに怒っている詩織に驚いたのか、相手の二人はきょとんとしている。


「どうして私と誠が似合わないって思ったの?」

「そ、それは顔とか雰囲気がどう考えても釣り合ってないから――」

「じゃああなたなら釣り合うってそう思ったの?」


 それは純粋な疑問だった、どうしてそんなに自分の大事な人を馬鹿にするのか、なぜそんなに不快なことをしてくるのか。


「チッ、こっちが下手に出てやってるのに生意気なこと言いやがって」


 イライラしたのか、実力行使に出ようとしたのだろうが、忘れてはいけないのはここはショッピングモールだということだ。


「お兄さん方、そろそろ帰ってもらっても?」

「あ?」


 俺が指を指した方を見ると、そこにはこちらを見ている警備員の人がいた。

 偶然通りかかったのか、それとも誰かが呼んでくれたのかは分からないが、運が良かった。


 二人組は不満そうにしながらも、そこまで大事にはしたくなかったのかそのままどこかに走り去っていった。

 

「ごめん、大丈夫だったか?」

「ん」

「……じゃあ帰るか」


 そうしてさっきまで繋いでいた手を離して歩き出そうとしたのだが、手を離させてくれない。


「あのー」

「今日は繋いで帰る」

「で、でもそれは――」

「なんでもしてくれるんでしょ?」


 それを言われると俺は何もできないので、嬉しそうな詩織と手を繋いだまま家に帰ることになった。






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