不安になる時は誰にでもある
部屋に戻ると、疲れがドッと出てくる。
おかしいな、お風呂って普通は疲れを癒すところだと思うんだけど……
「誠疲れてる?」
「そりゃあ疲れてるよ……」
俺がげっそりしていることに気が付いたのか、詩織がそんな質問をしてくる。
純粋に心配してくれているようだが、まさか自分が原因だとは思ってもいないのだろう。
自分と俺の性別が違うし自分が相当可愛いということを、ちゃんと分かってほしいものである。
「ならいつもよりちょっと早いけど寝る?」
「ああ、そうしようか。今日は色々あったし、疲れも溜まってるだろうからさっさと寝ようか」
今は午後二十二時半といつもの就寝時間よりかなり早めなのだが、言葉の通り色々な事があって疲れているので、ぐっすり眠れそうだった。
「明日はみんなと合流するから、起きるのは六時半ぐらいだな」
「同じ部屋で寝るの楽しみね」
「それなんだけど、これだけ部屋もあるんだし、俺はここのソファーで寝るっていうのは――」
「ダメよ」
と、食い気味に拒否される。
「別に朝起こすだけなら別の部屋でも大丈夫だろ?」
「でもダメよ、誠は私と一緒に寝るのは嫌なの?」
「嫌って訳じゃないけど……」
「ならいいじゃない」
「そういう問題じゃあないんだよなあ……」
まあでも、ベッドは分けられてるって言ってたし大丈夫、なのかな?
拒否権はどう考えてもなさそうだし、またしても俺が折れるしかなさそうだ。
「分かったよ、今日は仕方が無いし寝るか。でも今日だけだからな?」
「分かってるわ」
本当に分かっているのか怪しい返事だったが、ここは信じるしかないだろう。
俺と一緒の部屋で寝ることの何がそんなに楽しみなのか良く分からないのだが、よくよく考えれば詩織が考えること自体突拍子もないことが多いので、考えるだけ無駄な気がしてきた。
そんなことより、俺の睡眠時間の方が心配だ。
美少女である詩織と、ベッドは違うとはいえ一緒の部屋で寝るというのは、なかなか精神にくるものがあるので間違えなく寝られるのは時間がかかりそうだ。
俺の安息の地はどこにあるのだろうか……
とりあえず部屋を移動して寝室に行くと、そこには一人で寝るにはもったいないくらい大きなベッドが、離れて二つ並んでいた。
「詩織は右と左どっちのベッドにするんだ?」
「んー、じゃあ右ね」
「じゃあ俺は左だな、こんなふかふかなベッドなんて見たことないんだけど、これ相当高そうだな」
「誠の家にあるやつはこれじゃないの?」
「こんないいやつなわけないだろ? おれは庶民だから、普通にニ〇リで買ったやつだよ」
「なら、帰ったらパパに言って買ってもらいましょう」
「いや、流石にそれは……」
いくらお金持ちだとは言っても、無償で買ってもらうのは、気持ち的にもあまり良くない。
「でも、お給料もらわなかったんでしょ? そのくらいなら大丈夫よ。それに、寝るための道具は妥協しちゃダメよ」
「お、おう」
どうやら詩織は、睡眠にはこだわりがあるらしい。きっとこのベッドもいつも使っているものと同じものを取り寄せているのだろう。
「じゃあ電気消すぞ?」
「あっ」
「どうかしたか?」
急に詩織が俺の服の袖をキュッとつかんでくる。
「……暗いのは苦手なの」
「じゃあこれでいいか?」
そう言って豆電球だけ付けると、詩織は掴んでいた手を離してこくんと頷いた。
そうしてようやくそれぞれのベッドに入って目を閉じたのだが、全然眠気が来ない。
それも当然だろう、いくらいつもより疲れているとはいえ、詩織が同じ部屋で寝ていると思うと、無性にソワソワして落ち着かない。
一時間近く経った頃、これは本気で徹夜するしかないのかと思い始めてきたそんな時だった。
隣でガサガサと音がしたかと思うと、音が近づいてきて、音の主がそのまま俺のベッドに潜り込んでくる。
「お、おま、何を……」
「起きてたの?」
「眠気が来なかったからな……ってそんなことより、なんで詩織は俺のベッドに入って来てるんだよ」
普通に事件である。
またしても静まりかけていた心臓がバクバクと音を立て始める。一体なにを考えて俺のベッドに入ってきたのだろうか、何とか保てている理性も、何かあれば直ぐにプツリと行ってしまいそうだった。
「寂しくなったの」
「え?」
「今日は色々あったでしょ? それを考えてたら不安になったの」
「……そうか」
「それで、誠と一緒にいれば大丈夫かなって思って」
それを聞いて、ガツンと頭を殴られたような感覚に陥った。
詩織は今日、自分の本心をさらけ出してくれて、それで家族以外の人の事を信じられないような、そんな程で、それでも俺のことを信用してくれて、それでも寂しくてこっちに来たのだ。そんな詩織を傷つけるなんてそんな馬鹿な事をしていいはずがない。
一度大きく息を吸って吐き出す。
「今日だけだぞ」
「え?」
「今日だけは一緒に寝てもいいぞって事だよ」
「……ほんとに?」
「ほんとにって、詩織が先に言い出したんだろ?」
「起きてたら絶対断られると思ってた……」
そりゃあいつもなら絶対にダメだって断っていたことだろう。
でも、こんな状態の詩織を拒絶するというのは、俺には出来なかった。
「でも、今日だけだからな?」
「……うん」
その相槌は、今までで一番嬉しそうな声だった。




