慣れていても緊張はする
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「お風呂は……いつでも湧いてるんだっけ」
「源泉かけ流しよ」
「それを二人だけで入れるって相当贅沢だよな」
「……あっ」
「ん、どうかしたか?」
部屋に戻る途中に雑談をしながら歩いていると、急に何かを思い出したかのように詩織が立ち止まった。
「誠は水着持ってきてる?」
「……あ、持ってきてないな」
「どうしよう……」
「えーっと、別々に入るという選択肢は――」
「それはダメ」
「ハイ」
ならばどうすればいいのだろうか、俺はタオルを腰に巻けば問題ないだろう。しかし、詩織もタオル一枚というのは……非常に俺の身体に悪い。
「俺はタオルを巻けば何とかなるけど、詩織はどうする?」
「ん? なら私もタオルを巻けば大丈夫ね」
「……百歩譲ってそれでいいとしても、そしたら今日は俺が身体洗うのは無しで湯船に一緒に浸かるだけだぞ」
「どうして?」
「どうしても何も、タオルで隠れてるんだから洗えないだろ?」
詩織は女の子なわけで、男の俺とは違って胸まで隠すためにタオルをぐるっと体に巻いているので、もちろん背中も隠れる訳だ。なので、当然俺が洗うことは出来ない。
「じゃあ洗う時にタオルを外せば解決ね」
「いや、何も解決してないだろ」
「どうして? タオルが邪魔になってるんだから、外せば洗えるでしょう?」
「じゃあなんでタオルを巻いてると思う?」
「誠が巻けって言うから」
なるほど、根本的な部分で食い違っているらしい。
詩織は隠すために巻いているというよりは、俺が隠せと言っているから隠しているのであって、自分のために隠しているわけではないのだ。
自分のことを信頼してくれていると考えて喜べばいいのか、男として見られてないと落ち込めばいいのか……
「詩織はもう少し危機感というのを覚えた方がいいぞ、もし他の人にそんなこと言ったら間違えなく大変なことになるんだぞ?」
「大丈夫、誠以外とはお風呂一緒に入らないから」
「え、それは……」
「だって誠が髪の毛を洗ってくれるのとても気持ちいいんだもの」
……ソウデスネ
「誠がそこまで言うなら、背中を洗う時だけタオルを外して洗い終わったらもう一度巻き直せば解決ね」
「そんな面倒くさいことしてまで背中を俺が洗う必要あるか? 自分でも洗うことくらいできるだろ?」
「誠は私の背中を洗うの嫌?」
「嫌、ではないけど……」
そんな瞳をウルウルさせて上目遣いでこちらを見ながら聞いてくるのは反則だと思うんだ。てか君それに味を占めてるよね……
「つまるところ、俺には折れる以外の選択肢がない訳だ」
「そういうことよ、反抗したって私にはかなわないのよ」
「……今回だけだからな」
「とりあえず早く行こ」
「……はい」
ということで、そのままお風呂に直行する。
離れなのだが、男風呂、女風呂、そして、混浴まであるというのだから驚きだ。
混浴は偉い人が家族でここを訪れた時にでも使うために作られているのかな?
なんにせよ、ちょうど俺達も使えるというわけなので、ありがたく使わせてもらうことにしよう。
「じゃあ先に俺が入って待ってるから、くれぐれもタオルを巻いて入って来いよ」
「分かった、先に洗わないで待っててね」
「はいはい、分かってるよ」
そうして先に脱衣所に行き、さっさと服を脱いでからタオルを巻いて、お風呂のドアを開ける直前に詩織に声をかける。
向こうからこちらに向かう足音が聞こえたことを確認してからドアを閉めて振り返ると、かなり大きめの露天風呂が広がっていた。
「おおぉ」
と思わず感嘆の声が漏れ出る。
雲一つない夜の空に広がる星を見ながら、こんな風情のある温泉に浸かれるなんて、最高だ。
体を洗うなと言われているので、本来ならば寒い、のかもしれないが、それ以上にこれから起こりえる事態に対して心臓バクバクで、体温も上がっているので寒いどころか暑い。
毎日一緒にお風呂に入っているのでは? と言われるかもしれないが、それとこれとは別なのだ。
果たして、これから美少女がタオル一枚巻いて一緒にお風呂に入り、更には背中を洗うなんて時に緊張しない奴がいるだろうか。いや、いないだろう?
なんて、誰に何の言い訳をしているのか分からないくらいにはテンパっているのだが、そんなことを考えながら椅子に座って待っていると、横からガラッとドアの開く音がする。




