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俺の本心は



「……どうって」

「思ったままを言って。面倒くさいとか、もういやだとか」


 いつも無表情で、でも実は結構感情表現豊かで、甘え上手で、料理以外はやろうと思えばなんでも出来てしまう、そんな彼女がこんなにも泣きそうになりながら、でもそれをこらえて俺から本音を聞こうとしている姿に、自分が情けなくなる。


 しかし今俺がするべきなのは自己嫌悪に陥ることなどではない、と思う。意識を切り替えるためにパンッと両手で自分の頬を叩いて詩織に向き直る。

 彼女は少し驚いたような顔をしたが、すぐに、これから俺が話し出そうとしていることを悟ったのか涙を引っ込めて覚悟を決めた顔をした。


「最初はさ、なんだこいつって思ったんだ。引っ越してきてお隣さんに挨拶に行ったらビビっときたからって言われて、急にとてつもなく大きなお屋敷に連れていかれて、何が何だか分からないまま世話係になれって言われてさ。それまで普通の中学生をしてたのに日常っていうものが百八十度以上も変えられるような話だよ」


 でも、と一息ついて続ける。


「でもさ、確かに俺の日常っていうものは跡形もなく消え去ったけど、案外それが楽しくなってきたんだ。例えば料理は俺が作った料理を毎日一緒に食べてくれる人が、それを美味しいと言ってくれる人ができた、一人暮らしするってことはご飯を食べるときはもちろん一人だったはずなのに、今日あった事を話して笑える人がいるなんて相当な贅沢だろ? 登校や下校だって一緒にできるし、宿題とかゲームも一人じゃないんだ」


「でもそれは私じゃなくてもできるわ」


「それはないと思うな、だっていつも一緒にいるなんて、仲がいいだけじゃ無理だと思うし」

「ならどうして――」

「詩織ならって? どうしてだろうな、確かに考えたこともなかったよ、一緒にいて苦しいとか居心地が悪いとか思ったことなかったからさ、じゃなきゃ一か月以上も一緒にいないって言っただろ? そういう点では俺も詩織がビビっと来た人なのかな? ちなみにそう言う詩織はどうなんだ?」


「…………わたしは……初めて一緒にいてもしんどくないと思ったの、表情や行動を取り繕っているそぶりもないし、私がお金持ちだと知っても媚びを売るようなこともない、そんな人はこれまでにいなかった。この人なら、誠なら、私のことを分かってくれるかもって思ってきたの、でも最近は誠が他の人と一緒にいることが多くなって、あんまり会話に混じれなくて、誠は私だけのものじゃないって分かってるけどなんだか寂しくなって、やっぱり誠は私じゃなくてもいいのかなって……」


 確かに思い当たる節はいくつかあった、優斗や柊さん、中野さんと話している時、詩織はほとんど話に入らずに聞いていて、質問されるとそれに返答はするが、そんなに話すこともなく話が盛り上がる事が何度もあった。

 その時が楽しくて周りに目がいかず、詩織を独りぼっちにしてしまったのは、どう考えても俺の責任だった。


「ごめん、どう考えても俺が悪かった。詩織のことを考えてるつもりだったのに、何にも周りが見えてなくて独りにさせてしまって本当にごめん」

「……こんな面倒くさい私を嫌いになった?」

「そんなことあるわけない、それどころか俺の方が嫌われるようなことをしてた、ごめん」

「誠は悪くないからそんなに謝らなくていいの、私が勝手に落ち込んじゃっただけだから」

「それは違う、詩織は何にも悪くない。俺が詩織のことをちゃんと見てなかったから」

「私がもっと会話に頑張って参加してたら何も問題なかったんだから誠は悪くない」


 詩織は悪くない、誠は悪くない、詩織は、誠は……


「……いつまでこれ続けるんだよ」

「誠が分かってくれるまで?」

「それを言うなら詩織が分かってくれるまで続けなくちゃいけなくなるから終わんないな」

「誠は頑固ね」

「それは詩織もだろ? いつも一回言ったことを曲げようとしないじゃないか」

「それは誠が私の言うことを聞いてくれないから」

「何でもかんでもいうこと聞いてたらそれは執事の人と同じような気がするけどいいのか?」

「それは……良くない」

「だろ? だからこれでいいんだよ」

「でも、本当に我慢してない? お金のため、とかそんなこと考えて我慢してるなら言って?」


 軽口を叩けるくらいには戻ったかと思ったが、やっぱりそんな簡単に心配は消えないのか、不安げな表情で聞いてくる。


「ああ、それに関してだけど、俺お金は受け取ってすらいないぞ」

「え? この前パパが渡したんじゃないの?」

「確かに帰る前に給料の話になったけど、断ったんだ」

「どうして?」

「うーん、まあ簡単に言うと、詩織との関係をお金のためにしたくなかったからかな」


 林間学校についての話をして、家に帰る前に義さんに呼ばれて給料を渡そうとされた時に、お金のために詩織と関わりたいわけではないと、断っていた。

 普通のサラリーマンをしても到底稼げないような額を、貰いたくなかった訳ではないが、それでもこれまでの詩織と楽しく関わってきた日常にお金を受け取るというのは、なんだか寂しい気がしたからだ。

 給料を受け取らないだなんて、相手の顔に泥を塗っている様な気もしたが、それでも受け取る気にはなれなかった。


「……そう」

「湿っぽい話はここまでにして一旦旅館に戻ることにしないか?」

「後で追いつくって言ってたのに?」

「そんな気分じゃなくなったし、詩織のこんな顔ほかのやつには見せられないからな」


 詩織の顔は、涙をこらえていたこともあってか目尻が赤くなっていた。


「じゃあ、戻ったらそのまま私の部屋でもいい?」

「分かったよ、少し予定を早めるだけだからな、先生には体調が悪くなったっていえば問題ないし、優斗達には悪いけど先生に伝えといてもらうか」

「いいの?」

「いいんだよ、今は何よりも詩織と一緒にいたいから」

「うん」








 






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