詩織の本心
今回はいつもに比べると長いです
「二時間以上かかるって聞いてたけど、思ってたより早く着いたな」
「でもきっかり二時間半かかってはいるけどな」
「マジか、誠達と話すのが楽しくて時間が経つのが早かったんだな」
「まあ確かに俺も楽しかったし、実際時間が経つのが短く感じたな」
バスから降りて、長時間座って固まった体をグッと背伸びをしてほぐして辺りを見渡すと、目の前に大きな館? のような建物と、辺り一面に木が生い茂っていた。
「……すげぇな」
「どうやらここかなりの高級旅館らしいぞ、各国の首脳とかも止まったことがあるとかなんとか」
「マジかよ……思ってた三倍くらい凄いところが目的地だったんだな」
「まあ安全面も考慮してこの旅館になったんだろうな」
「ああ、確かにお嬢様やらお坊ちゃまやらが多いからな」
知らない施設などになるよりかは、一条家の傘下にあるこういう場所の方が安心だろう。高校生の林間学校でここはどうなんだとは思うけれど、いい所で間違いはないので、文句も出ることはないだろう。
もはや林間学校というよりも、ちょっとした旅行のようなものの気もするが……
「とりあえず部屋に物を置きに行くか、貸し切りになってるから班の男女ごとに部屋があるって、贅沢だよなあ」
「そうだな、てか俺ら喋っててちょっと遅れてるんだからさっさと行こうぜ、詩織もまた後でな」
「ん、分かった」
夜は結局別の部屋に移動するのだが、荷物を持っていかないのは怪しまれるので一緒に同じ部屋に付いていく。
仮病を使って移動するときにいっしょに持っていけば特に問題はないだろう。
部屋はかなり広めな和室で、なんと各部屋に個室風呂までついているというのだから驚きだ。勿論大浴場もあるので、各自で好きな方を選べるらしい。
今後、こんなにも凄い旅館に来ることなんてないかもしれないので、しっかり満喫して帰ることにしようと心に決めて、優斗と二人で荷物を置いて部屋を後にする。
ロビーにまで戻ると、詩織達も中野さんと合流してちょうど戻ってきているところだった。
「そっちの部屋はどうだった?」
「なかなか広い和室だったよ」
「私たちのほうもよ、一条さんのところはどだったの?」
「私のとこは洋室だったわ」
「へえー、ここは和室しかないと思ってたけど洋室もあるのね」
何故詩織の部屋が洋室だったかを説明すると、詩織は一人部屋に泊まることになっているのだが、俺も一緒になるわけで、他の生徒たちと近い場所にあると二人で居るところが見つかってしまうという事態が起こりえないので、離れにある部屋を使っているというわけだ。
それだけでなく和室だと布団を二人で横に並べることになってしまうからと、義さんが和室を拒否したというのもあるのだが、話すと長くなるので割愛させていただこう。
少しすると、生徒が全員集まったのか先生が話を始めた。
簡単にまとめるとまずは昼食を食べて、それからハイキングに行くらしい。
昼食はバイキング形式で、好きなものを自由に取れるようになっていて、個人的には和風しょうゆのパスタがすごくおいしかった。
詩織も結構気に入っていたし、家に帰ったら作ってみようと思う。多分材料は――。
「それにしても料理は全部美味かったな」
「分かる、俺は野菜マシマシのスープとかめっちゃ好きだった」
「優斗が野菜がそんなに好きなんて意外だったな、お肉とかの方が好きかと思ってた、偏見だけどさ」
「野菜はいいぞ? 栄養があってそれでなおかつめちゃくちゃ美味い、さらに――」
「あー、わかったわかった、確かに野菜は美味いよな、うん」
今度から優斗には野菜の話題はあんまり出さないようにしよう……まさかこんなに野菜のことになると饒舌になるとは思わなかった。
ちなみに今はハイキングの途中なのだが、班ごとにゆっくりと歩いていいらしく、俺達五人はどちらかと言うと遅めのペースで整備された山道を歩いていた。
「やっぱり森はいいわね、なんだか落ち着くわ」
「怜さんもやっぱりそう思うわよね、マイナスイオンを感じる気がするわ」
「なんか体にいい感じのやつだっけか」
「そうそう、いっつも私たちがいるのは街の中だから、こうやって自然の中を歩いてると気分がいいわ」
確かに引っ越す前はそんなに街の中って感じの場所ではなかったのだが、引っ越してきてからはずっと都会の空気に触れ続けていたので、なんだか空気も美味しい気がする。
詩織はどうなんだろうと、話題を振ろうとして詩織の方を向くと、表情が少し曇っているような気がした。
「詩織どうかしたか?」
「なんでもないわ」
「……悪い、三人とも先に行っててもらっていいか? 後で追いつくからさ」
「ん? 分かった、なんかあったら言えよ?」
「分かってるよ、ありがとな」
詩織はなんでもないと言っていたが、なんでもないような表情に俺は見えなかったので、少しだけ道から外れたベンチに腰掛けて、話をすることにした。本当になんでもなかったらそれでいいのだし、心配する事に越したことはないだろう。
「本当になんでもないわ」
「本当にそうならそれでいいんだけど、まあ三人からは許可貰ってるんだし少し休んでから行こうか」
本当に何もないなら、いつもは見せない様なそんな表情するはずないよな、と思いながら静かに鳥の鳴き声を聞いて、話してくれるのを待つ。
そして一分くらい経った頃、詩織がポツリと呟きだした。
「……誠は私と一緒にいるの嫌じゃない?」
「なんでそう思ったのかは知らないけど、俺は詩織と一緒にいるのは好きだよ」
「本当のほんと?」
「じゃないと毎日ご飯作ったり世話したりしないだろ?」
「嫌でも我慢してるかもしれないわ、パパからお金をもらうために我慢していた人なんていっぱいいたもの」
「……そっか、それで世話係の人がコロコロ変わってたんだな」
一週間も持たなかったのでは世話係のほうではなく、詩織の方だったのだろう。
我慢してお金のために自分と関わってくる人を、ずっと傍に置くのはしんどかったから。
「中学生の頃だって、みんなパパに贔屓してもらって会社を大きくしたいからって、私と仲良くしようとして、でも裏ではみんな男子の気を引こうとしてるだとか、銀髪なんて気持ち悪いだとか言って……誰一人として〝私″を見てくれる人は家族以外いなかった。」
「……」
「何度か告白されたこともあったけど、顔が可愛いとか、物静かなところに惹かれたとか、頭が良くてとか、そんな作った自分を褒められてもなんとも思わなくて、でもイケメンを振ったからって女の子たちから嫌がらせを受けて、それ以来学校で誰とも話すこともやめたの」
「……そうか」
「でも、誠に会った時に、この人は何か違うかもって、直感でそう思って世話係になってもらったの。ねぇ誠、あなたは今私の事をどう思っているの?」




