第6話 ようこそ、楽園へー1
「うわぁぁぁ……すごーーい。見てみて、蓮太郎君!」
門を抜けたら広がる大自然と大海原……ではなく、まるでファンタジー世界の街並みが広がる。
ここは楽園、地球とはまた別のどこかの世界。
遠く見れば、東京の摩天楼よりも高い木々と、飛行機よりも巨大な龍。
見たこともない生物は、物理法則を無視して存在し、そのすべてが魔素によって成り立つ世界。
2年ぶりに来たが、今は余裕をもって景色を楽しめた。
2年前は、ただ助けられて逃げ延びただけだったから。
門の先には、空港もあれば、港もある。
一体どうやって作ったのかというと、楽園と繋がった20年前から輸送機でせっせと資材や重機を運び入れて、頑張ったそうだ。
楽園唯一の人類の安息の地であり、既に一大都市になりつつある街。
2年前からさらにでかくなっている。
名前はエデン・エリオン――通称、楽園都市。
文明レベルが急激に下がったが、タイムスリップでもしたような自然豊かな街だ。ほぼすべての建物が木造である。
理由は簡単、鉄不足。主に現地調達された石と木で建物は作られている。木だけは見渡すほどにあるからな。
日本は、元々木造建築が盛んなのであんまり違和感はないが、やはり東京に比べると街並みは全然違う。
建物は、どこかファンタジーの世界のように独特で、しかし心をくすぐる造形をしている。
現状、楽園都市と地球の行き来は、この門以外存在しない。
「うわぁ、なんだかアニメの中みたい!」
「冒険者ギルドとかありそうだな」
「あ、でも世界魔術協会の楽園支部はあるもんね。行ってみる? えーっとね、えーっとね! 他にもね!」
そういう野中の手元には、付箋がたくさん張ってある雑誌があった。
楽園を満喫しよう! って書いている。完全に旅行気分だ。
「と、とりあえずここ行かない!」
そして大きく雑誌を広げて、俺に見せてきたページは……。
「安いよ、安いよ! 今朝取れたてのアトランティスマグロだよ! キロ100万から!」
「捕獲難易度三級の魔物! 桜炎パイソン! 一頭で700万!!」
「黄金リンゴ! 超希少品だよ! 一口食べたら犬畜生でも知恵が付くやばい奴だ! 5000万から!」
移動した俺たちを出迎えたのは、燃え滾るような熱気に溢れる市場。
楽園都市の中央市場だ。
港と隣接しているこの市場は、楽園中から魔術師たちが集めた魔力食材が集まる。
「こんなに栄えてるのか。すごい人だな」
「ね! 一度は来てみたかったんだ! うわぁすごい。動画や写真でしか見たことない食材ばっかり!」
「誰でも買えるのか?」
「そうだよ! 楽園に旅行に来る人は、ライセンスを持ってるからね。大多数が、魔力食材を食べてみたい! って人だし。でも高すぎて庶民じゃ手が出せないかな。一度食べたらもう忘れられない味だって言うし……私みたいな一般庶民は、我慢だなぁ」
「これから料理人になろうって人がそれじゃーな」
「で、でもこれからはもうバクバク食べるよ!」
「で、いくらもってきたんだ?」
そういうと野中は財布を取り出す。
ガマ口財布……その中には。
「お、お年玉貯金。5万円……」
「…………い、一応。龍肉のエリアに行ってみるか?」
「う、うん」
そして俺達は市場の中で龍肉を扱っているエリアへ向かう。
ひと際デカい市場で、熱気も最も高い。
さすが龍種、大人気だな。
龍種のエリアに入ってすぐ。
ブルーシートにかけられた何かがあると少ししゃがんで覗いて見たら。
「ひぃ!?」
「お、すごいな。炎牙龍じゃないか」
「炎牙龍!? 捕獲難易度準一級クラスの!?」
横たわって白目をむいている真っ赤な龍。
赤い牙は、いまだに熱を帯びていて、大きさはバスぐらいはあるだろうか。
確か、狩人協会が設定する捕獲難易度準一級だ。ライフルを持った猟師程度では歯が立たない。
戦車でも無理だろう。
二級以上は、魔力の守りで近代兵器でもダメージは期待できない。
ちなみに、うちの妹はこの龍を素手で撲殺できる。怖い。
「そう。多くの人に適合するすごく汎用的で便利な食材だ。この炎牙龍を適切に調理した料理を食べると高確率で、火系統のMECを獲得できる」
「す、すごい。これを食べれば私も魔術が使えるかも……」
ガマ口財布を握りしめて、足りるか? みたいな顔で財布を見ているが、絶対に足りない。
二級以上の魔力食材は、最低でも億は超えるし、炎牙龍は相場通りなら10億はするだろう。
実際の値段を聞いたとき、野中がひっくり返ったのは言うまでもない。
それからもついつい目移りしてしまうのは、やはり俺も男なのか。
龍という種族はわくわくする。見てるだけで楽しい。
炎牙龍以上の龍はいなかったが、レッドワイバーンは売りに出されていた。
「キ、キロ…………30万円?? ふぇ? 一頭じゃなくてキロ??」
「レッドワイバーンは捕獲難易度三級だからな。それぐらいするだろ」
簡単な指標だが、捕獲難易度二級を超えるとプロと呼ばれる魔術師が必要だ。
そして大体が億越え。
準二級が1000万、三級は100万ぐらいが相場だろう。
もちろん需要と供給で全然変動するのだが、基本的に魔素の強さと旨味は比例するので、必然そうなる。
うまい程に強く、強いほどに高い。
「わ、私……何回も……失敗……して」
「そうだな。100万近くは間違いなくダメにしたな。何度もリトライさせてくれた神喰学園と雫に感謝だ」
「はわわ……私大変なこと……」
「超金持ち学校だから端金だろ」
神喰学園の魔術ガストロノミー学科の学生は食の最高峰として、各国の要人に有償で料理を提供しているし、いくつもレシピの特許を持っている。店持ってる奴までいる。
また魔術学科は、プロレベルの魔術師も多く在籍し、学園に仕入れて学園が販売まで手掛けている。
大企業並みの財政規模だと、雫が言っていた。
それからしばらく歩いてみたが。
「…………だ、だめだぁ。何も買えないよぉ」
「5万だと龍肉は無理みたいだな。ちなみに俺もない。悪いな」
「うぅ……ごめんね。蓮太郎君」
「なんでだ?」
「え? だって、買えないよ? 試験できないし……」
そんなことはわかっていた。
野中はどこからどう見ても一般人、数百万円も持っているわけがない。
そも買うだけなら、別に元の世界でもなんとかなるんだ。
だから楽園に来た理由は一つ。
「買えないなら、狩るしかないな」
「…………ふぇ?」
龍を狩る。




