第六章:正直な憧憬と公的な妨害
Ⅰ. 王子の確信
「鎮静の接触」の翌日。ユリウス王子は、アルティスの冷たさと、セレネアの涙の痕(王家の監視魔力で微かに感知)から、「ノクス公はセレネアを愛していない」と確信する。
ユリウスは、王宮の会議室で、セレネア、アルティス、そして王族の主要メンバーが集まる非公開の会合の場を設けた。
「ノクス公」ユリウスは、栗色の髪を揺らし、エメラルドの瞳を真っ直ぐにアルティスに向けた。彼の態度は、以前よりさらに傲慢で、公的な権威に満ちていた。
「貴公の『職務』は誠実だが、いささか不親切に見える。セレネア公女は、王国を飾る最も尊い太陽の光だ。そのような貴き存在を、貴公はただの『調整すべき道具』として扱っているのではないか?」
ユリウスは、セレネアの表情を気遣うように一瞥し、「私なら、彼女を心から愛し、その熱に焦がれるだろう」という正直な感情を滲ませた。
セレネアは、王子の本音が込められた言葉に、動揺を隠せない。
(愛。そう、私が欲しいのは、「職務」ではない「愛」よ。ユリウス様は、私の「お飾り」の地位ではなく、「私自身」に惹かれているのだろうか?)
Ⅱ. 公的な対決
アルティスは、影の魔力が怒りで燃え上がりそうになるのを必死に抑えた。ユリウスの言葉は、彼の「裏での献身的な愛」を最も深く否定するものだったからだ。
アルティスは、公的な権威を利用して立ち塞がるユリウスを、冷徹な論理で打ち崩すしかない。
「ユリウス殿下。私の役割は、王家の秩序に基づいた魔力の均衡であり、感情の均衡ではありません」アルティスは藍色の瞳で王子を射抜いた。
「殿下は、セレネア様に『心からの愛』を捧げると仰せか。しかし、その『愛』は、殿下の魔力をもってすれば、不安定なセレネア様の太陽の光を暴走させ、王国全体を危機に晒しかねない。それは愛ではなく、無責任な私情です」
アルティスは、敢えて、「私は感情を持たない」という偽りを強化した。
「私は、この冷たい月魔法をもって、セレネア様の魔力を抑制し、王国を守るという職務を全うします。殿下の熱すぎる愛こそ、この婚約の最大の障害です」
Ⅲ. 悲しい要求
ユリウス王子は、アルティスの「愛を否定する論理」に、一瞬言葉を詰まらせる。しかし、彼はすぐにその正直な憧憬を武器に変えた。
ユリウスは、セレネアに向き直り、心からの訴えのように言った。
「セレネア公女。貴女が本当に望むのは、愛を否定する氷のような鎖ですか? それとも、貴女の光を認め、焦がれるこの私ですか?」
そして、彼は王族としての権威を最大限に乗せて、アルティスに屈辱的な要求を突きつけた。
「ノクス公。貴公の冷たさは、公女を深く傷つけている。今後、貴公の『鎮静の接触』は、公女の精神的な安定を鑑み、第三者である私の立ち会いのもとで行うものとする。貴公は、道具として監視されることになる」
アルティスの顔色が変わった。第三者の立ち会いは、影の魔力による秘密の護衛と、鎮静を装った魂の触れ合いという、彼らの唯一の「秘密の親密さ」を完全に奪うことを意味していた。
アルティスは、ユリウス王子の正直な憧憬という「愛」の前に、「職務」という名の「偽りの愛」では太刀打ちできないことを、痛感させられた。




