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お飾りにされた方、お飾りの婚約者をお待ちしております  作者: ましろゆきな


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第二章:偽りの誓約と銀の仮面

 Ⅰ. 皮肉な再会:王宮の広間


 数日後。王都の中心にある王宮の大広間は、二大公爵家の婚約を祝う儀式のために、絢爛な光に満ちていた。


 セレネア・ルーメンは、太陽のモチーフをちりばめた、まばゆいばかりのドレスに身を包み、完璧な「お飾り」の聖女として、中央に立っていた。彼女の白金の髪は光を浴びて輝き、金色の瞳には、一切の感情が宿っていないように見える。


 そして、対面の扉から、アルティス・ノクスが入場した。彼は黒と濃紺の軍服のような装いに身を包み、その銀色の髪は冷たい月の光を思わせる。彼の藍色の瞳は、この儀式の全てを、まるで遠い星の出来事のように見下ろしていた。


 二人は公的に初めて顔を合わせた。王族と公爵家の立会人の前で、儀礼的な一礼を交わす。


 その時、二人は同時に、相手の顔を見た。


 セレネアの心臓が、氷のように冷たく張りつめた。


(あの夜の……月の光。あの時の彼は、私に優しさをくれた。なのに、どうして、私の『お飾りの婚約者』として、こんなにも冷たい顔をしているの?)


 アルティスの全身の魔力が、一瞬にして凍りついた。 (まさか……あの夜、無防備に助けを求めた太陽が、この完璧な『お飾りをされた方』だったとは。あの純粋な輝きは、全てこの王宮で磨き上げられた偽物だったのか。)


 アルティスの手が、無意識に震える。彼の銀色の指輪が、セレネアの指に光る金色の指輪を捉えた。あの夜、触れ合った魔力の共鳴は、まぎれもない運命の繋がりを示していたが、彼らの眼前に広がる現実は、その繋がりを皮肉るための舞台でしかなかった。


 彼はすぐに表情を修正し、冷徹な仮面を貼り付けた。彼にとって、彼女は今、「偽りの婚約者」以外の何者でもない。



 Ⅱ. 義務付けられた親密さ


 儀式の終盤、国王代理の老臣が、厳かに宣告した。


「――二大公爵家の血統は、王国の安定のための双律の柱である。この度の婚約は、力の均衡を保つための契約の履行に他ならない」


 老臣は二人に冷たい視線を向けた。


「特にセレネア公女。あなたの魔力の不安定さは王国の懸念である。よって、アルティス公は、『お飾りの婚約者』として、公女の魔力鎮静のための接触の儀を、毎日行うことを義務とする」


 その言葉に、広間にざわめきが走る。


 アルティスは表情を変えず、静かに応じた。


「承知いたしました。王国の秩序のため、職務を全うします」


(職務、か。あの光を鎮静させるために、彼女に触れろと。王家は、私を彼女の鎖として利用するつもりだ)


 セレネアは俯いたまま、きつく唇を噛んだ。


(職務……。あの時、私を救ってくれた優しい光は、もうどこにもない。これから、私は最も心を許した人に、最も冷徹な手段で支配されるのか)


 こうして、二人の偽りの結婚生活は、「儀式」という名の、義務的な親密さをもって始まった。



 Ⅲ. 最初の「鎮静の接触」


 その夜、アルティスはセレネアが与えられた離宮の一室を訪れた。


 部屋は簡素だが豪華で、外界から完全に遮断されている。セレネアは公的なドレスを脱ぎ、あの夜と同じ、柔らかな白のガウンに身を包んでいた。彼女は窓辺の椅子に座り、感情を押し殺した表情で彼を待っていた。


「ノクス公。さあ、職務を」セレネアは、皮肉を込めた声で言った。


 アルティスは一歩も動じず、その藍色の瞳で彼女を見つめた。


「その言い方は、気分が悪い。セレネア様。これは治療であり、私達は王国の体裁のためにこれを行う。それ以上の意味は持ちません」


 その言葉は、彼自身の本音に対する必死のブレーキだった。


 彼は彼女の前に進み出た。そして、あの夜と同じように、ゆっくりと彼女の手首に触れた。


 二人の指輪が、カチン、と微かに触れ合った。


  魔力の共鳴!


 接触した瞬間、二人の体内に太古の誓約が激しく反応した。


 セレネアの体は、アルティスの清涼な月の魔力に安らぎを感じると同時に、強烈な発熱を起こした。アルティスの魔力は、彼女の体内を巡り、まるで失われた半分を取り戻したかのように満たされていく。


( ――違う。これは、鎮静なんかじゃない。まるで……魂が、溶け合ってしまうみたい。 熱い……心が、胸が、これほど激しく求め合っているのに、この男は、私を「職務」としか見ていない。彼を誘惑してはいけない。これは、ただの儀式なのだから)


( ――危険だ。この共鳴は、誓約が求める「真の結び」の兆候だ。 こんなにも温かく、柔らかい。路地裏で感じた運命的な温もりが、今、私を全身で求めている。だが、彼女は王家の「お飾り」、私は「不吉な道具」。これ以上深入りすれば、二人とも王家に潰される。感情に蓋をしろ!


 アルティスは、触れているセレネアの手首から、脈打つ彼女の熱い鼓動を感じ取っていた。それは、彼の心臓の鼓動と、危険なほどに同調していた。


 彼は限界まで魔力を流し込み、時間を確認すると、冷徹に手を離した。


「これで本日の鎮静は終了です。明日の同時刻に再度伺います。失礼します、セレネア様」


 アルティスは一言も振り返らず、部屋を後にした。残されたセレネアは、触れられた手首をきつく握りしめ、冷たい鎮静の魔力と激しい愛の残熱が混じり合う、混乱した夜を迎えることとなった。

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