第十一章:影の騎士、緊急出動!
Ⅰ. 謹慎の夜と届いた暗号
ノクス公爵家の広大な敷地。王命による「自宅謹慎」中のアルティスは、自室の窓辺で、深い闇に紛れていた。彼の藍色の瞳は、影の魔力で周囲の監視の目をかいくぐりながら、王宮の方向を静かに見つめていた。
(セレネア様は、今、孤独な闘いを強いられている。ユリウス王子が、私の追放を好機と見て、必ず「愛」という名の鎖をかけるだろう。私が今、動けば、ノクス家全体が危機に瀕するが……)
彼の心は、前夜の情熱的な誓約によって、もはや「職務」という建前で抑えきれるものではなかった。
その時、一陣の風と共に、アルティスの前に、一羽の漆黒の小鳥が滑るように舞い降りた。それは、ノクス家が密かに王宮内に潜ませている、影の魔力で訓練された連絡役だった。
小鳥が運んできた、薄い羊皮紙の巻物を開く。そこには、セレネアの侍女の筆跡で、暗号めいたメッセージが記されていた。
「冷たい鎖に縛られ、光は死に瀕しています。影の騎士よ。あの夜の光が届かない場所へ、夜警として、わたくしを連れ去っていただけますか?」
Ⅱ. 誓約の成就
アルティスの藍色の瞳が、メッセージを読み解いた瞬間、激しい光を帯びた。
「冷たい鎖に縛られ、光は死に瀕しています」(ユリウス王子の偽善的な求婚による、王家への完全な掌握を意味する。)
「あの夜の光が届かない場所へ」(王家の影響が及ばない、自由な場所への逃避行を求める。)
「影の騎士よ、夜警として、わたくしを連れ去っていただけますか?」(「お飾りの婚約者」ではない、真の愛の誓約に基づいた、彼への救出の要請。)
「……セレネア」
アルティスの口から漏れたのは、もう「様」の付かない、愛する女性の名だった。彼の胸の中で、前夜の情熱的な抱擁と魂の誓約が、激しく燃え上がった。
彼女は、私の愛を信じた。そして、命を賭して、私を選んだ。
アルティスの銀色の指輪が、月の光を受けて強く輝いた。彼の周囲に影の魔力が集まり始め、その力は、自宅謹慎を命じた王家の監視をあざ笑うかのように膨れ上がった。
Ⅲ. 影の騎士の決断
アルティスは、軍服の上着を素早く脱ぎ捨て、動きやすい黒装束に着替えた。彼の影の魔力は、夜そのものへと変化する。
(王家への反逆だ。ノクス家も窮地に立たされるだろう。だが、愛する光を王家の道具として明け渡すことなど、決してできない)
彼は、セレネアとの愛の責任を取ることを決意した。
アルティスは、窓の外の深い闇に向かって、静かに、しかし力強く宣言した。
「承知いたしました、私の太陽。影の騎士が、今、貴女を迎えに参ります」
月魔法の力が爆発し、アルティスの身体は、漆黒の霧となって、部屋の隅から隅へと瞬時に拡散した。彼は、自宅謹慎という王家の鎖を影に変え、夜の闇の中へと緊急出動した。
彼の目的地は一つ。「お飾りをされた方」が待つ、王宮の離宮――。




