第十章:離散の時と王子の猛攻
Ⅰ. 冷たい別れと自宅謹慎
王命により、アルティス・ノクスはセレネアの「お飾りの婚約者」の地位を解かれ、ノクス公爵家での自宅謹慎を命じられた。
(「自宅謹慎」は、王家が私を監視下に置くための名目だ。だが、これで私は「お飾り」の鎖から解放された。これからは、影として、王家の監視を掻い潜り、彼女を守ることができる)
しかし、前夜の魂の融合を経た今、セレネアと物理的に離れることは、肉体的な苦痛を伴った。彼は、激情を胸の奥深くに封印し、冷徹な仮面を再度被り直す。
セレネアの離宮の扉の前で、彼は最後の冷たい言葉を残した。
「セレネア様。この件で、ノクス家は王家に対し、最大限の誠意を示さねばなりません。私は自宅謹慎となります。どうか、貴女の光を決して失わぬよう、心穏やかにお過ごしください」
彼は、「光を失うな」という言葉に「私を忘れず、王家に屈するな」というメッセージを込めた。
しかし、セレネアは、その冷たい言葉しか受け取れなかった。
(彼は、私の情熱的な告白と求め合う行為を、まるで無かったことにしている……。これが、王族の男の選択なのね)
セレネアの心は、愛の絶頂から絶望の淵へと突き落とされたのだった。
Ⅱ. 王子の猛攻と保留
アルティスの自宅謹慎後、間髪入れずにユリウス王子がセレネアの離宮を訪れた。
ユリウスは、セレネアの涙の痕を見つけ、心からの同情と計算された優しさを混ぜた視線を向けた。
「セレネア公女。ノクス公との出来事は、貴女を深く傷つけましたね。彼は、貴女の光を認めようとしなかった」
ユリウスは、セレネアの手を取り、熱を帯びた魔力をそっと流し込んだ。
「しかし、私は違います。私は、貴女の太陽の光に、心から焦がれている。貴女は、王妃として、真の愛を得るべきだ」
そして、彼は決定的な求婚を行った。
「セレネア公女。貴女を、私、ユリウス・エストレイアの王子妃として迎えたい。貴女はもう『お飾り』ではない。貴女の力と血統は、王国そのものとなるのだ」
セレネアは、前夜のアルティスとの激情と、今の絶望の中で、頭が真っ白になっていた。ユリウスの言葉は、正直な愛に聞こえるものの、彼女の魂はもう他の誰の愛も受け入れられないと拒否していた。
彼女は、顔を上げることすらできず、しおしおと、蚊の鳴くような声で答えた。
「……殿下。わたくしは……あまりに突然の出来事で……深く傷ついております。今すぐの返答はできません。どうか、考える時間を……いただけませんでしょうか……?」
ユリウス王子は、その悲嘆と弱々しさを、「アルティスへの未練」ではなく、「深いショック」によるものだと誤解した。強引に出るよりも、この弱さに優しさを見せる方が効果的だと判断した。
「わかりました、セレネア公女。貴女の心に、静かに寄り添う時間を差し上げましょう。しかし、あまり長く待たせぬよう。貴女の孤独な光は、私が温めなければなりませんから」
ユリウスは、勝利を確信し、上機嫌で離宮を後にした。
Ⅲ. 未練と覚悟のメッセージ
ユリウスが去った後、セレネアは部屋で一人、アルティスとの愛の誓約を思い起こし、涙を止めた。
(待っていては、何も変わらない。ユリウス様は、必ず私を「王家の道具」にする。アルティス公のあの冷たさは、私を守るためのものだったはず。私は、彼の愛を信じなければ……!)
彼女は、「聖女の殻」を破る覚悟を決め、行動を起こした。
セレネアは、最も信頼できる侍女(実はノクス家に通じ、アルティスの影の護衛活動を手伝っていた)を呼びつけ、王家の監視に引っかからないよう、詩的な暗号でメッセージを託した。
「冷たい鎖に縛られ、光は死に瀕しています。影の騎士よ。あの夜の光が届かない場所へ、夜警として、わたくしを連れ去っていただけますか?」
このメッセージは、「私はユリウスの求婚を拒否し、この王宮から脱出を望む」という、命懸けのSOSだった。




