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=現在の章= 納得がいかない納得のされ方

現在の章。夏樹視点。

ダリア砦にて、料理ができますよと自称した結果は--?

ダリア砦の、カビ臭い厨房内。

炊事担当の新米兵二人と一緒に鍋と向き合いながら、エトはごくりと唾を飲み込んだ。


「いいか嬢ちゃん、アンタの仕事は飯炊きだ。あれだけ啖呵きったんだ、腕は確かだと期待してるぜ、あぁ?」


厨房の入り口では、ガロンが既に人を三人ほど殺してきたような眼光でこちらを睨んでいる。そもそもあれが彼の素の目つきだというのは理解したが、それでも相当なプレッシャーだった。


(ただでさえ緊張してるっていうのに、うぐぐぐぐ……!)


料理が出来るからこの砦においてくれと言ったのは夏樹だ。

そして今回が、初の厨房での調理。

つまり今回の料理の出来によっては「やっぱり村に帰れ」となってしまう可能性だってゼロでは無い。


人相が悪いガロン隊長は「この嬢ちゃんが妙な真似しないよう、一応注意しとけよ」と夏樹の隣にいる新米兵士二人を脅して(本人は優しく告げたつもりなのかもしれない)、のしのしと去って行った。

残された二人の兵士が、恐々と夏樹に視線を送ってきた。顔は全然違うくせに、二人とも同じ視線で夏樹をじっと見た。


(ぐっ!ものすごく不安と期待が入り混じった目でこっち見られてる!)


なんといってもこの砦はここしばらく深刻な飯マズの闇に飲み込まれていたようなのだ。そこに現れた「料理できます」と自称する少女。そりゃあ、こんな期待の籠った目にもなりますよ。私だって期待する。


現代では滅多に料理なんかしなかった夏樹が、今は『とても料理が上手な女性』という触れ込みでこの場に立っている。ハッタリもいいところだった。しかし、いまさらここで出来ませんとは言えない。


駄目、気弱になっては駄目よ夏樹!

プロっぽく、あくまでプロっぽく振舞うのよ!


本当は今にも逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが、すこし気が弱そうな兵士二人にあえてにっこりと笑いかけた。


「それじゃあ、あるものを一通り確認して、今日のおかずを決めます」


プロっぽい言動、その1。

『あるもので料理を作る』


さっそく「「おお、さすがだ……」」という称賛の視線を浴びながら、夏樹は震える手で目の前の食材と調味料を確認した。何か作れそうなものがあってくれよ、と必死に願い戸棚を開ける。

簡単にできるもので、出来ればとても夏樹の株が上がるものが作りたい。


早速今朝届いたらしい材料と調味料を確認したところ、キャベツらしき野菜、ひき肉、パン粉、牛乳、卵、それに塩やコショウなどの基本的な調味料に加えて、城にしかないと思っていたコンソメ(らしきもの)の粉末まである。意外に充実していたラインナップに胸中で「よかったぁあああああ!!」と大絶叫しながら、夏樹は思わせぶりに何度か頷いた。


「なるほど、なるほど……これなら、アレとかアレとか作れますね。あとは、そう、旬のアレもいいかもしれません」

「アレ、ですか」

「うん?……ああすいません、ただの独り言です」


ロールキャベツとロールキャベツとロールキャベツである。

正直、ロールキャベツ以外なにも浮かんでこない。

冷蔵庫の中身から日々のレシピを決定できる人は本当に天才だと思った。


にこりと笑って、夏樹はキャベツを手に取る。

ずしりと重い、いいキャベツだ。

それをおもむろに「洗うの手伝っていただけますか」と新米兵たちに手渡す。


「あー……俺たちはこれを、洗えばいいんですかね」

「そうです。私は決めました、アレを作ります」

「……何を作るんですか?」

「ふふ、まだ秘密ですよ」


夏樹は意図的に柔らかくほほえみ、誤魔化した。


料理名なんて言えるわけがない。

だって、ミスで料理が変わってしまったとき誤魔化せないじゃないか!




***







結論から言おう。

今回の調理には、とんでもない致命的なミスがあった。


「……すいません、あの、もう一度言っていただけますか」


中のタネを作り、キャベツで巻き、楊枝でとめ、いざコンソメで煮ようとしていた夏樹は衝撃的な事実に真っ白になっていた。夏樹が途方に暮れていることには気が付かず、兵士たちは怪訝な顔で夏樹が持っている粉末コンソメのツボを指さして告げる。


「いえ、ですからそれは黒糖ですと」

「黒糖……」

「はい」


ロールキャベツを作る計画が、ガラガラと音を立てて壊れていく。

そんな馬鹿なと思い、おもわず舐めてみた。

甘かった。

駄目だこりゃ。


そう言えば、夏樹がコンソメの粉末だと認識して野外炊飯などで使っていたものは、実は結構レアな品だと誰かが言っていた気がする。王都では当たり前のように作られているが、地方ではいまだにこれを一から手作りするのが普通だと。どうして今までそれを忘れていたんだろう。自分が間抜けだったと言わざるを得ない。


「そ、そうですかそれならば別の味付けを考えていきましょうかね」


冷汗をだらだら流しながら、エトはそっと壺を棚に戻した。

黒糖だなんて……!卑怯なり……!


本当に料理が上手な人間だったら、ここから上手に味を調整していくのだろう。

しかし、夏樹はどう頑張ってもにわか料理人。しかも計画が崩れて焦っている今、ここからロールキャベツ以外を作ればいいという発想はまるでわかなかった。


(調味料だけで、コンソメを再現する方法を考えるんだ……!!!)


野菜を煮込んだダシを、砂糖と塩とコショウとその他ハーブで再現しようという試みだ。正気の時なら間違いなくやらなかった。そして残念ながら、この時夏樹は焦りすぎて正気では無かった。


「ま、まずはですね」

「はい」

「塩を少々投下します」


掴む。

投げる。

お湯の中に塩がさらさらと溶けていった。


「分量は」

「長年の勘です」


プロっぽい言動、その2。

『目分量』

完全に気が動転している夏樹の思考は、プロっぽい料理が作れるかではなく、いかにプロっぽく料理をするかに移行していた。

「なるほどなあ」と素直に感嘆の声をあげる二人の隣で、夏樹はむんずと次なるツボを掴む。


「次にですね」

「はい」

「この干からびたニンジンらしき何かを入れます」

「あの、それはニンジンでは無いです」

「でも入れます」


掴む。

投げる。

兵士たちの制止の声も聞かず、夏樹は調味料の棚にあった乾燥したニンジンらしき何かを鍋で煮込んだ。


あれだけかたちが似ているのである。

きっと味もニンジンそっくりに違いない。

いいダシが出るはずだ。


「そしてここらへんの調味料を」

「……はい」

「いい感じに混ぜます」

「いい感じ」

「はい、そうです」


夏樹はきりりと凛々しい微笑みを浮かべながら、棚に並んでいた調味料を右から左に直感で入れていった。コンソメスープは複雑な味がする。つまり、味が複雑化すればそれに似るのではないかという発想だった。


……たぶんもう取り返しがつかないことになっているだろう。

自覚はある。


思えば2時間、なんとも短い炊事担当生活だった。

さよなら厨房。

元気でな。


夏樹は半泣きで笑顔を浮かべると、スープをすくって一口味見した。

人知を超えた味がした。駄目だ終わった。


マズくないが、美味しくない。

一種の奇跡的なバランスの味わいだ。


「こ、これに、この野菜で巻いたお肉を、いれ、ますっ!」


泣きそうなのをぐっと堪えて、つくり笑顔でぽいぽいとロールキャベツもどきを鍋に投下した。「俺たちも味見を……」と匙を差し出してくる新米兵たちを「味見は最後まで禁止です!」と制して鍋蓋をした。あとはもう、これが肉の味でどこまで補正されるかにかけるしかない。


--そんなこんなで、夏樹の人生の中でも最高クラスの失敗作が完成した。


「……」


摩訶不思議な香りを漂わせるロールキャベツを皿に盛り、先ほどから味見味見と騒いでいた兵士たちの前にすっと差し出す。フォークを構えた彼らの動きをスローモーションで眺めつつ、夏樹は謝罪のため、清水の舞台から飛び降りるような気分で大きく息を吸いこんだ。


「な、なんて再現性の高いトグダッタンだ!」

「そんなこの場にある材料だけでトグダッタンを作るだなんて……!」

「トグ……えっ?」

「これ、トグダッタンですよね?郷土料理の」

「いやー、久しぶりに食べたなトグダッタン!」

「…………そう!これこそが私の得意料理、『なんちゃってトグダッタン』なのですよ皆さん!どうですか!」


トグダッタンってなんだよ!と思いながら夏樹はふふんと胸を張った。

いや、本当にトグダッタンってなんなんだろう。


「いやお嬢さん料理が上手って言うのは嘘じゃなかったんですね!」

「俺、感動しました!」

「はーっはっはっはっは!そうでしょうそうでしょう!」


そう、実は私はトグダッタン作りの天才だったのです。

食べたことないけどな!


「ああ、懐かしいなあこの甘さと辛さのバランス……」

「母ちゃんがよく作ってくれたトグダッタンが、トグダッタ村以外で食えるなんて……」

「……まあ、私、料理、得意なのでこのくらいは余裕ですよー……」


キラキラと鍋を崇める二人から、夏樹はそっと真顔で視線をそらした。


拝啓、グレイさん。

私はどうやら、よく分からないうちによく分からない村のよく分からない郷土料理をマスターしたようです。天才かもしれない。そしてなんだかとても納得がいかない。



その後、夏樹の料理の腕前は砦の中で一気に噂として広まった。

おかげさまで砦の中での立場も確立し、飯炊き女の身分に釣り合う程度には信頼も得た。

しかし日々の料理を作りつつ、夏樹はつねに不機嫌だった。

彼女が不機嫌であり続けた理由を、彼女だけが知っている。


--喜んでくれるのは嬉しいのですが、毎日私にトグダッタンばっかりリクエストするの、心折れるからやめてほしい。



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