可愛い君と。(クライス視点)
「クライスは、あの子の何処が良かったの?」
麗らかな朝。
学園寮のバルコニーで、優雅に紅茶を飲んでいるセドリックの問いに、俺は頬杖をついて小さく笑う。
「なに、突然?」
「深い意味はないよ。単純に君が、それほど夢中になっている理由を知りたいだけかな」
「……ふぅん」
まあ事実なんだろうけど、と胸中で呟く。
「顔? 身体? 性格? 全部――なんて薄ら寒いことを、言ったりはしないよね?」
にこりと柔和に微笑む王子様に、俺も笑顔を作ってあげる。
「ん? 全部だよ。アルメリアの何もかもが、可愛くて愛しいと思っているよ。……まあ、最初は興味本位だったかもね。彼女に何が起きて、どう乗り越えるのか……それを、見ているのが楽しかった。そしたら、いつの間にか好きになっていただけだよ」
セドリックは、カップをソーサーの上に置くと、ご馳走さまと息を吐く。
「それは、その紅茶に? それとも、俺に言ったの?」
「両方だよ。このあと、彼女と出掛けるんでしょ。まあ、せいぜい楽しんでおいで」
「そうするよ」
俺は静かに立ちが上がると、この場を後にした。
◇
午前11時。
女子寮の門の前でアルメリアを待つ。
最近ではこの場所に一人でいても、女子生徒に声を掛けられたり囲まれたりしなくなった。アルメリアとの仲を公言しているお陰だろう。正直、面倒だったので助かる。
「クライス様!」
駆け寄ってくるアルメリア。
ああ、可愛い。ほんとに可愛い。
ふわふわの長い紅玉の髪も、気の強そうな牡丹色の目も、口元のホクロも、形の良い耳も、華奢な鎖骨も、しなやかな指先も……上げればきりが無い。
何よりも、彼女の真っ直ぐで生命力あふれる生き様が愛しくて仕方なかった。
前世の記憶があるっていうのも、凄くいい。彼女はいつだって、俺の想像を遥かに超えてくる。
「お待たせしてしまいましたか?」
息を切らしながら、少し不安そうに尋ねてくるアルメリア。
「そんなに急がなくても、全然待ってないよ」
そう答えると、彼女が安堵の息を吐く。
……可愛すぎるんだけど。キスしてもいいかな? ここだと目立つし、怒るかな? まあ、いっか。
息を整えているアルメリアに、ちゅっと口付けをすると目を丸くして驚いている。
数秒ほど呆然としたあと、顔を真っ赤にして慌て始める。
「な、な、な、な、何をするのですか!?」
「うん? アルメリアが可愛かったから、したくなっちゃった。ダメ?」
首を傾けて問いかけると、ぐっと言う声を漏らすアルメリア。
「か、可愛く言ってもダメです! こんな往来で誰かに見られたら、どうするつもりですか!」
「俺は別にいいけど。……でもまあ、キスしてる時の可愛いアルメリアは誰にも見せたくないから、今度からはひとけのないとことでするね」
アルメリアに微笑んでから、彼女の後ろにいる精霊に視線を移す。
「――てことだから、今度から空気読んでどっか行ってもらえる?」
俺の言葉に精霊が不快そうに、チッと舌打ちする。
『はあ? 知るかよ、お前らが勝手におっぱじめたんだろうが。そっちが空気読めよ!』
「じゃあもう、君どっか行きなよ。アルメリアの周りをチョロチョロと……目障りなんだけど?」
すっと目を細めると、精霊が狼狽えながも睨み付けてくる。
あの精霊……アルメリアがサルファーと名付けたんだっけ。確実に、彼女に想いを寄せている。まあアルメリアは、精霊のことを子供のようにしか思ってないみたいだけど。
「アルメリア、リュウに貰った針はまだ手元にある?」
「え? ええ。もちろん」
「毎晩ちゃんと枕元に置いて寝てね。何かあれば、遠慮なく刺すんだよ? あいつ、精霊とはいえ男だからね。気を付けないとダメだよ」
アルメリアは俺の言葉に目を丸くしたあと、楽しそうに笑う。
「ふふっ。ご心配いただかなくとも、何もありませんわ。そもそも、私を好きになってくれるのなんてクライス様くらいですもの」
はあ? なにそれ、可愛い。
とはいえ、さすがに危機感がなさすぎる。
アルメリアが知らないだけで、以前から男子生徒の間では、彼女の話はそれなりに持ち上がっていた。
『アルメリア・スピネル嬢、エッチな身体してるよな〜』
『顔もめちゃくちゃ綺麗だしな』
『口元もエロいよなぁ。あのホクロ最高だわ』
『結婚するならセレステ嬢だけど、愛人にするならアルメリア嬢だよなぁ』
『わかる〜!』
『あんな意味の分からん行動してなけりゃ、声掛けたのになぁ』
『おーほほほって笑い方も、きっついよなぁ』
『男を侍らしてんのも、ヤバいんだよなぁ』
『あの雑魚ムーブも引くよなぁ』
『『惜しいよなぁ〜!』』
今なら彼ら全員に、それなりの対応をするが、当時アルメリアにそこまで強い興味があるわけではなかったので聞き流していた。
――いや。今からでも遅くない。
あの時の奴らを見付けて、痛い目に遭わせておいた方がいいかもしれないな。
まあ、それはそれとして。
隣に並ぶ愛しい恋人に視線を向けると、にこりと微笑んでくれる。
なに、この可愛い存在。今すぐ抱きしめてキスしたいけど、残念ながらそれは出来ないので、おとなしく手を取り指を絡める。
今日はこの子とのデートなんだから、そっちに集中しようと俺も彼女に微笑みかけた。
◇
街に着くと、まずは昼食を摂るために予約しておいた店に行く。
人気の店なだけあって美味しかったけど、それよりも目を輝かせながら食べているアルメリアを見ている方が満たされた。
食事を終え、彼女が身嗜みを整えてくると離席したのだが、それから数十分が過ぎていた。
(――何かあったのかな)
さすがに遅すぎると、様子を見に行くために席を立つ。
化粧室へと続く廊下でアルメリアの声が聞こえてきたので声を掛けようとしたのだが――。
「アルメリ……」
「迷惑です!!」
突然の大きな声に、思わず口を閉じる。
「いいじゃないか。君になら毎月300万ゴールド……いや、400万ゴールド出そう!!」
「何度も言っておりますが、私には婚約者がおりますので!」
「いても構わない! 私にも妻がいる! だから、君には愛人になって欲しいんだ!」
「はああ? バカにしないでくださる!?」
「なんでだ!? いい条件だろ!! 君みたいな、若くて可愛い子をこのまま逃すなんて……」
急いでアルメリアの前に出ると、彼女に伸ばされた手を強く跳ね除けて、そのまま男の腕を捻り上げた。
「く、クライス様!?」
驚く彼女に笑いかけてから、男の方へと向き直る。
「……おや? これはこれは、ベルモンド伯爵ではありませんか」
「いだああああ!! あ? お、おま……いや、君はアンバー家の……」
「お久しぶりです。相変わらず色ボケが過ぎるようで」
言いながら、更に強く伯爵の腕を捻り上げる。
「いぎゃあああああ!! や、やべてぇ……!」
「あなたが愛人にと迫っていた、こちらの女性――俺の婚約者なんですよ? ……ふふっ。このことがバレたら、貴方はどうなるんでしょうね?」
「ふげっ、ご、ごめんにゃさいぃ!! そんなつもりじゃ……」
目を細めて笑いかけると、何度も謝るベルモンド伯爵の関節を外してあげた。
「あ゛ぅぎ……あ゛ぁぁッ……あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!」
「ははっ、汚い声……」
その場に倒れ込む伯爵を見下ろしながら、息を吐く。
「――このくらいで許してもらえるんだから、感謝してほしいなぁ」
吐き捨てるように言うと、アルメリアの方へと振り返る。
「アルメリア、大丈夫? 何かされたりしてない?」
「だ、大丈夫ですわ。クライス様が助けに入ってくださったので……ありがとうございます」
「……そう。良かった」
小さく笑うとアルメリアの手を取り、柔い身体を引き寄せる。
「なかなか戻って来ないから、心配したよ」
「も、申し訳ございません。化粧室を出たら、この方がいて……」
下で倒れている伯爵に視線を向けるアルメリア。そんな汚物を見て欲しくなくて、彼女の両頬を手で挟んで上を向かせる。
「可哀想に。怖かったよね? 今度からは俺も一緒に付いて行くよ」
「……そ、それは結構です」
「そっか。残念」
――店員に伯爵のことを丁寧に伝えておいてから、店を出て行く。
あの店は出禁になるだろうが、関節と出禁で済ませてやるなんて甘すぎただろうかと考える。
とはいえ、あまりやりすぎると隣の彼女は止めてくるだろう。
何だかんだでお人好しなんだ、この恋人は。
◇
――暫くして、次に予定していた観劇の行われる会場へと辿り着く。
「ゲストには飲み物が振る舞われるらしいから、取ってくるよ。ちょっと、ここで待ってて」
そう言って飲み物を貰って帰って来ると、アルメリアが知らない男達に声を掛けられていた。
「君、すっごく可愛いね。学生?」
「一人なの? 俺たちと一緒に観ようよ〜! それか、別の所に行っちゃう?」
「はぁ……。結構です。婚約者と来ておりますので」
「え〜婚約者ぁ? いいじゃん〜そんなの放っておいて、俺らと行こうよ!」
男の一人がアルメリアの腕を掴もうとした瞬間、そいつの頭にウェルカムドリンクを注いでやった。
――しん……。
辺りが一斉に静まり返り、ぽたぽたと水滴の落ちる音だけが聞こえる。
暫く沈黙が続いたあと、男が怒号を上げる。
「はあああああ!? 何するんだよ!! この服いくらすると思っ……」
「――あ゛? こっちのセリフなんだけど。人の婚約者に何してんの?」
声を低くして見下ろしてやると、男の肩がビクリと跳ねる。
「これも、あげるね」
アルメリアの分のウェルカムドリンクもそいつの頭に掛けてやると、側にいたもう一人の男にグラスを投げる。
「うわっ!? ……っと!」
ギリギリでキャッチするのを見て、男の喉に拳を叩き込む。
「ぐぇっ……!!」
「ああ。それ、高いだろうから落とさないでね?」
「ぅっごぉ……っ!?」
必死に耐えている男の後ろにいたアルメリアの手を取ると、この場から離れる。
「大丈夫だった? ごめんね、俺が側にいなかったせいで」
呆然としていたアルメリアが、はっとこちらに視線を移す。
「い、いえ! こちらこそ、絡まれていたところを助けていただいて、ありがとうございます」
そう言ったあとで、視線を落とすアルメリア。
「どうかした? 気分が悪いのなら、どこかで……」
「いえ。今日は、助けてもらってばかりだと思って……すみません」
「何で謝るの? 君はなにも悪くないよね」
「そう……かも、しれませんが……」
「そもそも、俺が離れちゃってたせいだよね。だったら、悪いのは俺じゃない?」
「なんですの、その理屈……」
難しい表情になるアルメリアに笑いかけると、会場に入る。
◇
ぼんやりと観劇を眺めながら、アルメリアのことを考える。
厄介なことが起こっても俺が何とかすればいいだけだと思っていたけど、男関係は想定外だった。
俺の贔屓目を抜きにしても、アルメリアは可愛い。おまけに、男好きのするスタイルをしている。
学園ではセレステ嬢との謎対決のせいか、敬遠されていたけど……。
――さすがに男関係は、笑えないなぁ。
彼女に言い寄る男は全員、この世から消えてくれないかなぁ……。
はあ……全員の☓☓☓☓を引き摺り出して魔物の餌にでもしてやりたい。☓☓を抉って精霊王の供物でもいい。生きたまま☓☓弄くって、ぐっちゃぐちゃにしてやりたい。☓☓☓も再起不能にして、生まれて来たことを後悔させてやりたいなぁ……。
――そんなことを考えているうちに、観劇は終わっていた。
◇
帰りの馬車が来るまでの間、カフェでゆっくりとお茶をしていると、どこか気まずそうにアルメリアが口を開く。
「……あの、クライス様。もしかして、怒っていらっしゃいますか?」
彼女の言葉に驚いて、目を丸くする。
「……うん? そう見える?」
「……ええ。纏っている空気が、少し怖いといいますか……」
言いにくそうなアルメリアに、眉尻を下げて微笑む。
「ごめん。君にじゃなくて、君に言い寄っていた男たちに対して腹を立てていただけだよ」
「……あっ……す、すみません」
「何で君が謝るの? ――君が魅力的だから、ちょっと不安になってただけだよ。ごめんね?」
「……朝にも申し上げましたが、私のことを本気で好きなんて言ってくれるのは、クライス様くらいです。だから、不安に思うようなことなど、何も……」
「……そういう話じゃないんだけどね」
アルメリアは、自分のことが全く分かっていない。何で俺がこんなにも気を揉んでいるのか彼女には理解できないのだろう。
目を細めて笑いかけると、アルメリアの表情がだんだんと歪んでいく。
「……クライス様、不安なんですよね?」
「……ん? まあ、さっきも言ったけど君は魅力的だからね」
「……わかりました」
アルメリアは立ち上がると、俺の腕を引っ張って店を出る。
そのまま貴族御用達の高級宿へと遠慮なく入って行くと、彼女が一番いい部屋は空いているかと帳場係に尋ねて驚く。
「アルメリア、いったい何を……」
俺の言葉を無視するアルメリア。
部屋を取ると鍵を受け取り、俺の腕を掴んで取った部屋へと連れて行かれる。
部屋の中に入ると、さすがは超高級宿というべきか――。
部屋の広さも内装も設備も素晴らしい。豪奢な部屋のど真ん中には、華美な天蓋付きのベッドが置いてある。
「凄い部屋だね。……それで? いったい何のつも、り……」
アルメリアの方へと振り向くと、顔を真っ赤にして震えていた。
「……アルメリア?」
「わ、私は、あなたにしか興味がありませんし……好きでもないです! だから、何をそんなにも気にされているのか理解できません。……で、でも、あなたが、あんな顔をするくらいなら……」
そこで彼女はぎゅっと唇を結んでから、覚悟を決めたように大きく口を開く。
「私の全てを、あなたに差し上げます!!」
思いもよらない言葉に呆然とする。
だが顔を真っ赤にして、ぷるぷると震え続けるアルメリアの様子を見て、あまりの可愛さに思わず笑ってしまった。
「……あははっ、アルメリア。君って、本当に……あははっ」
俺は目をとろりと細めて彼女を見つめる。
――本当に……可愛くて、愛しくて、狂いそう。
「は、はああ!? なに笑ってますのよ! こっちは、一世一代の覚悟のつもりだったのですが!?」
怒るアルメリアが、そっぽを向く。
「もういいです。――私は帰りますので、このお部屋は好きに使ってください!」
帰ろうとするアルメリアの、華奢な手首を捕まえる。
「帰っちゃうの? こんな広い部屋に、俺を一人残して?」
「それは、あなたが笑ったからで……」
言葉の途中で、彼女を抱き寄せた。
驚くアルメリアに、早くなった心臓の音を聞かせる。
「……早い……です……」
「そりゃあ、好きな子に〝全部差し上げます〟なんて言われたらね?」
そっと彼女の形の良い耳に唇を寄せると、ちゅっと口付けを落とす。
「……いいの? 全部もらって」
腕の中にいるアルメリアが、顔を真っ赤にして小さく頷いたのを見て、とろりと笑う。そっと顔を近付けると、互いの唇を重ねた。
◇
――彼女が眠りに就いたのは、明け方頃だっただろうか。余すことなく可愛がって、意識の途切れたアルメリア。
眠っている間に彼女の身体を綺麗にして、必要なことは全て済ませておく。
ベッドに戻って、アルメリアの寝顔を眺めていると、瞼が震えてゆっくりと目が開かれていった。
「おはよう。アルメリア」
ぼんやりとしている愛しい彼女に、挨拶をする。
「……おはよう、ございます?」
ほわほわしているアルメリアの瞼に、口付けを落とす。
「身体は大丈夫? 辛いところとか、痛みはない?」
「……は、はい。大丈夫……です」
昨夜のことを思い出したのか、顔を真っ赤にしてシーツを握り込むアルメリア。そんな彼女をぎゅっと抱きしめる。
(は〜〜可愛い。柔らかい。幸せ……)
「あ、あの……クライス様は、いつから起きていたのですか?」
「ん? ずっとだけど?」
アルメリアの問いに言葉を返すと、彼女が複雑な表情になる。
「……ずっと?」
「うん。ずっと起きてて、君の可愛い寝顔を見てた」
「…………」
俺の言葉に明らかに引いてる。
でもそんな顔も可愛いと眺めていると、時計を見たアルメリアが焦り始める。
「えっ? 待ってください、もうこんな時間なのですか!? 帰る支度をしないと……」
「――ああ。それなら、大丈夫だよ。もう一泊取っておいたから」
「…………は?」
「だから、このままで大丈夫だよ。あ、お腹空かない? 何か持って来てもらおうか」
「い、いえ……それよりも、もう一泊って……どういう……?」
「ん? 言葉のままだけど?」
アルメリアが口をパクパクさせながら、何とか言葉を絞り出す。
「……っ、こ、ここって、高級宿ですし……思わず自棄になって部屋を取ってしまいましたが、両親には土下座を覚悟の上といいますか……その……」
困惑している様子のアルメリア。確かに、ただの学生に払えるような金額じゃないか。
「まあ高いかもね? でも、そんなに気にすることないよ。それと、昨日の分も俺が払っておくから、安心して?」
「そ、そういうわけには……!」
何か言いかけてるアルメリアの手を取り、指を絡める。
「――そんなことより。まだまだ時間はたくさんあるから、いっぱいイチャイチャしよう。ね、アルメリア?」
とろりとした笑みを向けると、アルメリアが顔を真っ赤にしたあと、くぐもった声で「……もう無理です」とベッドに突っ伏すのだった。
◇おわり◇




