三流悪役令嬢の災難 13
最後に女神は私とクライス様の頬にキスをすると、「女神の加護を!」と言って去って行ってしまった。
サルファーくんも、ようやく自由になれたと言って何処かへと行ってしまう。
「――なんだか、嵐のような時間でしたわね」
「そうだね。――アルメリア」
「はい?」
返事をすると、クライス様の手が私の頬を撫でる。
「……君が無事で良かった」
「……はい!」
残された私とクライス様は、互いに目を合わせて笑いあう。
両手で頬を挟まれると、クライス様の目がとろりと三日月に細まる。
そのまま、額にちゅっとキスを落とされると、強く抱きしめられた。
「……ああ、良かった……生きてる……」
私もクライス様の腰に手を回すと、強く抱きしめ返す。
「……はい。生きてます……」
とくり、とくりと、緩やかに刻まれる心臓の音。触れ合った個所から感じる体温。
生きているからこそ味わえる感覚に、笑みを浮かべる。
「……名残惜しいけど、そろそろ戻ろうか」
「……ええ」
そう言って視線を交わすと、最後にもう一度だけ二人の唇が重なり合った。
◇
自室に戻ると、机の上には三通の手紙が置いてあった。念のためにと、私の書いてあったものだ。
一つは両親宛、もう一つはセレステちゃん宛、そして、クライス様宛。
両親には、これまでの恩と感謝を。セレステちゃんには、約束したカフェに行けなくなったことへの謝罪を。
――クライス様には、私の想いを綴ったものだった。
私はそれらを一纏めにすると、ビリビリに破り捨ててゴミ箱の中へと放り込む。
それを見て、ふっと息を吐くとベッドの上にダイブする。
「…………はあ。生き延びたんだ、私」
呪いの指輪、運命の相手、結ばれる……。
私はそっと自分の唇に触れると、うつ伏せになってジタバタする。
クライス様とキスした!! 好きって言われた!! 愛していきたいって! 全部受け止めるって!! 凄いこといっぱい言われた!!
叫びだしそうになるのを必死に堪えると、クッションに顔を埋めて、広いベッドの上でゴロゴロと転がる。
「……うぅ……やばい……せっかく生き延びたのに、死にそう……」
嬉しすぎて、夢みたいで、嘘のようで、でも現実で……。
「こんな幸せなことが、あってもいいのかなぁ……」
今まで、散々なことばかりだったけど嫌なことがあれば、その分幸せなことがあるっていうもんね……これまでの出来事は、この幸福へ辿り着くために必要なことだったのかもしれない……。
いや、ほんと碌でもなかったけど……。ギリ死なないレベルで、嫌なこととかあったけど……。
でも、攻略キャラであるクライス様とこんなことになるのだから、やっぱりそれ相応のリスクは必要だったのかもしれない。
クライス様……クライス・アンバー。
ゲームでは一、二を争う人気キャラ。端正な容姿と爽やかな雰囲気を持つ人気者。実際は酷くドライで、好きになった主人公にドロッドロの激重感情を抱えた執着系男子。
悪役令嬢であるアルメリアとの接点は、ほとんど無い。唯一、彼のルートで主人公に何かしたら殺すと牽制されたことがあるくらいだ。
――その程度でしかなかった二人。
そんな二人が、こんなことになるなんて……と息を漏らす。
「……この世界で、生きてる……かぁ……」
胸に手を当ててみると、鼓動を感じる。
「……うん。生きているんだ……私」
だから、そんなこともある。
奇跡だって起こり得るんだと笑う。
ふと時計に目を向けると日付けが変わっていたので、急いで寝る準備をする。
「ようやく、ゆっくり眠れそう」
私は安堵の息を吐くと、まずはバスルームへと向かうのだった。
◇
――翌朝。
袖を通した制服には皺一つなく、紅玉の長い髪の毛はふわふわで、耳の上で作られたお団子も綺麗に作れている。
長い睫毛に覆われた気の強そうな目に、笑うと一層目立つ口元のホクロ。
「……うん。今日も完璧な悪役令嬢アルメリア・スピネルの完成ね!」
鏡に映る自分を見て、へにゃりと笑う。今日もアルメリアで居られることが嬉しくて表情が崩れてしまった。
「……だめだめ。ちゃんと引き締めないと! まあ、とっくに悪役令嬢なんてお役御免になっているんだけどね」
とはいえ、これが私のアイデンティティのようなもので、なかなか切り替えることは難しい。
自室を出ると、少なめの朝食を食べ終えてから学園へと向かう。
寮を出ると、門の前に居た人物を見て思わず顔を輝かせてしまった。
「おはよう。アルメリア」
「おはようございます。クライス様」
今の私は間違いなく、だらしの無い顔をしているはずだ。
「今日も可愛いね」
美しく微笑みながら放なたれた言葉に、ゔっと呻きながら私は胸を押さえる。
「……あ、ありがとうございます……クライス様も素敵ですわ……」
クライス様が私の言葉に目を細めると、優しく指先を重ねてきた。
「……良かった……生きてる」
その言葉に思わず、あっ……と声を漏らす。
「……はい。生きております」
「……うん」
私たちの間に甘い空気が流れたとき――。
どさり、と何かの落ちる音がしたので振り返ると、女子生徒の一人がカバンを落としてわなわなと震えていた。
「――どっ、ど、どういうことですの……?」
彼女の言葉を皮切りに、他の女子たちも口を開く。
「クライス様とアルメリアさんが手を繋いで……」
「ま、まるで恋人同士のような……」
「ま、まさか、そんな……」
「確かにお二人は、親しげな様子でしたが……」
「あ、ありえませんわ! クライス様ともあろうお方が、あんな残念美人を選んだりするわけっ……!」
「そ、そうですわ! そんなことありえないです!」
……相変わらずな言われようだなぁ。別にいいけど。これ以上、何か言われる前に立ち去ろうと息を吐く。
「……行きましょう、クライスさ……」
だが、言い終わる前に引き寄せられて驚いてしまう。クライス様を見上げると、彼は女子生徒たちに真っ直ぐな視線を向けて、口を開く。
「お察しの通り、アルメリアとお付き合いすることになったから」
そう高らかに宣言するクライス様に、唖然とする少女たち。
「だから、二度と彼女のこと悪く言わないでもらえるかなぁ?」
クライス様が女子生徒たちに、にこりと笑いかけると私の手を取る。
「行こう」
私たちが一歩踏み出したあと、彼女たちの絶叫する声が辺りに響き渡るのであった。




