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私の婚約者が七つ年下の幼馴染に変わったら、親友が王子様と婚約しました。  作者: 橘ハルシ
第二章 ノア

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24/56

24、ロサ子爵邸にて


 キャンキャンッ

 

 「犬?」

 「犬だ。」

 「・・・いや、この犬は君の家の飼い犬?」

 

 クラウスにこれは犬かと聞かれたから、犬だと肯定したら、困惑されてしまった。

 

 また、言葉が足りなかったらしい。

 

 

 現在、クレープを食べた後、数軒の店をまわってから、パトリック殿、イザベルの順に送って最後の私の家に着いたところだ。

 

 うちは遠いし適当な所で降ろしてくれたら歩いて帰るからと言ったら、もの凄い勢いで怒られた。

 

 曰く、君は自分をなんだと思っているんだ、大事な女性を途中で降ろして歩いて帰らせるなんてあり得ない。

 きっちり自分で屋敷内まで送り届けないと心配で眠れない。朝イチでロサ邸に無事を確認しに行くほうが大変だから大人しく送られて欲しい、とまで言われてしまったのだ。

 

 どうもそういう扱いは受けたことがないので、背中がむず痒い気がしたが、前ほど嫌ではなかった。少し、慣れてきたのかもしれない。

 

 

 いかに女性のひとり歩きが危ないかということを力説するクラウスに負けて、家まで送ってもらったら玄関の中までついてきた。

 

 そして、彼はうちの玄関に入ったところで薄茶の短毛の子犬に吠えられている。

 

 「この子は、先週の学校帰りに拾ったんだ。でも、うちにはもう犬がいて、二匹は飼えないから貰い手を探してるところだ。躾がもう少し掛かるから急いでいないのだが。」

 

 「いつもと違って貰い手がなかなか見つからないと思ったら、そういうことだったのか。」

 「ベネディクト兄様、ただいま帰りました。」

 

 ムスッとした顔でやって来た兄は、クラウスを見て慌てて笑顔を貼り付けた。

 

 「髪色は違いますけど、クラウス殿下ですよね。まさか、ここまで妹を送ってくださったのですか?!」

 「こんばんは、ベネディクト。僕が大事な婚約者を一人で帰すわけがないでしょ。」

 

 その台詞に兄が曖昧な笑みを浮かべて私を見た。

 

 ・・・言いたいことは分かる。

 

 私を女だと分かっていても普段弟と同じように雑に扱っているから、いざ他人からここまで女性扱いされているのを見ると微妙な気持ちになるのだろう。

 

 私はどう反応すべきか戸惑っている兄から目を逸らし、クーンと鳴きながら足元にすり寄ってきた子犬を抱き上げ頬ずりした。

 

 かわいい。兄はいつも嫌な顔をするが、こんなに小さくていたいけな生き物を見捨てるなんてできるわけがない。

 

 「ノアは捨てられた生き物をしょっちゅう拾って来るのです。その度に引き取り手を探すのが大変で・・・。」

 

 兄がほとほと困ったというふうに王子に嘆いている。

 

 兄よ、それを言って婚約が取り消されるかもしれないとは思わないのか?無差別に捨て生物を拾ってくる妻を欲しいと思う人はいないと思うが?

 

 ・・・私は、取り消されても全く構わないのだが。

 

 そう思うと同時に胸がぎゅっと締め付けられた。

 

 クラウスとの婚約解消を想像しただけで、胸が痛むとは。・・・私は、クラウスとの婚約が無くなるのが嫌、なのか?

 まさか、そんな。こんな直ぐに好意を抱くはずがない。気のせいだ。

 今日のデートがちょっと、割と、楽しかったからだ。そうに違いない。

 

 私は犬を抱いたまま、そのフワフワの首筋に顔と自分の中に芽生えた気持ちを埋め、兄とクラウスの会話の行方に耳を澄ませた。

 

 「ふうん、彼女はそんなにたくさん拾ってくるの?」

 「ええ、生き物とくれば見境なく、犬猫から怪我した鳥、先月は羊まで!」

 「迷い羊は直ぐに飼い主が引き取りに来たではないですか。」

 「何を言うか!ほんの数日でも屋敷内を羊が闊歩して迷惑だっただろうが!」

 

 そっと抗議すれば、すごい勢いで文句を言われた。自室に粗相されたことをまだ根に持っているらしい。

 弟は小さすぎる庭の草抜きが不要になって喜んでいたけどな。

 

 「犬猫、鳥に羊か。賑やかで良いね。ノアは彼等を何処で見つけてくるの?」

 

 嫌がるどころか、面白そうに瞳を煌めかせているクラウスに兄は目を瞬かせている。

 

 「私が見つけるんじゃなくて、彼等とはバッタリ出会うんだ。学校帰りが多いかな。んー、いい匂い。」

 

 クラウスが婚約取り消しを言い出さなかったことに安堵した私は答えつつ、腕の中の子犬の頭にキスをした。

 

 するといきなりクラウスの気配が変わった。彼は私の腕の中から犬を摘み上げると、ジロジロ眺め回し始めた。

 

 「お前は女の子?男の子?」

 「男の子だ。」

 「そうなの?!もう一匹の飼ってる方は?!」

 「女の子。」

 「・・・ふーん。じゃあ、この子は僕がもらっていい?」

 「えっ」

 「なんとありがたい!殿下にもらって頂けるなんてとんでもなく名誉なことだぞ、犬!ただいま籠をお持ちします!」

 

 私が呆気にとられている間に兄がサクサクとことを進め、子犬は餌や匂いの付いた毛布と共に籠に詰められた。

 

 「え、そんなの急すぎる。躾の続きはどうするんだ。」

 

 我に返って抗議をすれば、クラウスが得たり、と笑う。

 

 「君が僕の所に来て、この犬に躾の続きをしてよ。それに、僕が引き取れば結婚後はこの子と毎日一緒にいられるよ?」

 

 なんだか犬を人質にとられたような気になって私は膨れた。

 

 「それは狡くないか?躾が終わってから渡すよ。」

 

 返してくれ、と手を伸ばせば籠がヒョイと上に持ち上げられた。

 

 身長差があり過ぎて手が届かない。卑怯だ!

 

 ぴょんぴょん飛ぶ私の頭にぽんと手が置かれ、クラウスが爽やかに宣った。

 

 「だーめ。君のことだから、一緒に寝てたりするんじゃないの?」

 「その子と私が一緒に寝ることを、何で貴方に阻止されないといけないんだ。」

 「やっぱり一緒に寝てたのか。いいじゃないか、君はもう一匹と一緒に寝なよ。じゃあ、この子はもらって行くよ。明日、王子妃の勉強に来た時に会いに来てね。」

 

 そう言って立ち去ろうとするクラウスの服をぎゅっと掴んで止める。

 

 「ちょっと待て。王子妃の勉強ってなんだ。聞いてないぞ?」

 

 低い声で聞き返した私に、クラウスがあれっ?と小首を傾げた。

 

 「言ってなかったっけ?やっと僕達の婚約が認可されたんだ。だから、明日から妃の勉強が始まるので城へ通ってね。」

 「そんなの聞いてない!そういう大事なことは会って直ぐに言え!それが出来ない人との結婚は無理だぞ。」

 「ごめん!次からは絶対忘れないから今回は許して!昨日から君と街へ行くのが楽しみ過ぎて寝てないくらいなんだよ。うっかりしてた、本当に申し訳ない。」

 

 眠れないくらい、今日を楽しみにしていたと必死に謝るクラウスをこれ以上責めることはできず、私は渋々といった体で彼を許した。

 

 「今回だけだ。こんな大事なことを忘れるなんて、次はないからな。寝不足ならさっさと帰って寝てくれ。」

 「ありがとう!うん、もう忘れない。・・・ああ、婚約のことは君の卒業を待って公表する予定だから安心して。」

 「卒業したら直ぐ結婚じゃないのか?」

 「そうしたいのは山々だけど、王子妃の勉強もあるし、式の準備もあるから結婚は一年以上先になるみたい。」

 「なるほど。」

 「ノア。君は今、結婚が思ったより先でホッとしたね?僕は明日からでも君と一緒に暮らしたいのに。」

 

 猶予があることに内心ホッとしたことを直ぐに気付かれた。

 

 本当にこの男はカンが鋭すぎる。

 

 私はつとめて感情を出さないように、無表情になるよう努力した。

 しかし、それもあっさり看破され、クラウスはふはっと吹き出しつつ、私の顔を覗き込んだ。

 

 「君はいつものままが素敵だよ。妃の勉強と同時に結婚式の準備も進めていくのでお互い忙しくなるけど、出来る限り君の希望を聞くから二人で頑張って乗り切ろうね!今日はノアとデートできて、とても楽しかったよ、ありがとう。また明日ね!」

 

 クラウスは心底嬉しそうな顔でそう言って、子犬と共に軽やかに立ち去った。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


結婚後、ノアが見境なく拾って城の中に生き物保護施設ができるかもしれない。

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