第10話 仕立て士レスリーと母
私は自分の気持ちにけじめをつけることに決めた。
式典の後は、選定式のときのような舞踏会になる。そのときにエースを呼び出して自分の気持ちを告げよう。私のこの恋が叶う希望はないけれど、それはエースも同じだ。エースは王都勤めだから、私が帰ってしまえば来期まで顔を合わせることはほぼない。一年あれば失恋の痛手も気持ちの整理も十分つくでしょう。我ながらいい案。
そう決めたら妙に清々しい気持ちになり、仕事も充実した日々を送ることが出来た。
ブライス様の服がはじめにでき、次にガブリエラ様、最後に無事ロドニー様の服が完成した。最終試着の時に普段の騎士服と、新しい服で力の差を見せて頂いたのだけど、三人とも力の差が歴然としていた。
「強くなるとは思ったが、これほどとはね」
そう言って、三人の騎士様は新しい力に少なからず興奮しているように見える。狩りが確実に楽になるだろうと。
父は他にも特別な仕立てをしていた。
別室でたまにナナに入ってもらいながら作業をしていたんだけど、式典の二日前に納品になった。そんなギリギリに仕上がるのは珍しいと思ったものの、そのときは、それがどなたの服なのか私は知らなかったのだ。
☆
外での用事を済ませて工房に戻る途中、第二王子のチェイス様とお付きの騎士の一人であるセシル様に遭遇した。
「やあ、レスリー。いまからそっちに邪魔する予定なんだ。一緒に行こうか」
いつものようにチェイス様は、気楽に声をかけて下さる。
なんの用だろう? と思ったものの、断る理由もないので一緒に工房へ向かうと、なぜかロドニー様やガブリエラ様まで合流することになってしまった。
王子様たちは楽しそうで、お付きの方たちはなんとなく苦笑しているように見えるのが不思議。もしかして、今日の納品に関係するのかしら? でもこんなに大勢で?
第一王子と第二王子、第一王女と第二王女、それからロイ様とロドニー様。
今回の仕立てをした方ばかりだ。でもそうなると、陛下や王妃様はともかく、
「テイバー様はいらっしゃらないのですか?」
一番話しやすそうなセシル様にこっそり聞くと、彼女は苦笑いをして、でもどこか面白そうに、
「うーん。多分彼を悔しがらせたいんじゃないかなぁ」
などと言う。
なぞだわ。テイバー様は仲間外れなの?
でも、そんな呑気な気持ちは工房に入ったとたんに吹き飛んだ。
「おやめください、奥様!」
「だれか、先生を呼んで!」
父の部屋から悲鳴と何か大きな音がしている!
「何があったの!」
「レスリー! 奥様が、奥様が!」
誰もが要領を得ない中、王子たちと共に父の部屋に駆け込んで、私は「ひっ!」と息を飲んだ。母を押さえようとしていたらしい何人かのスタッフが、腕などから血を流している。
決して広くはないその部屋の中、ナナのモデルと、それが着ているドレスが切り裂かれていた。モデルは、仕立てに使う台のようなものだ。本人の型そのままで着せたり型を取ったりできる。
なんでここにナナのモデルが? どうして母がそれを傷つけているの?
なおもナナのモデルの体や顔を切りつける母を、ロイ様たちが押さえこむ。でも普通の中年女性とは思えない力でロイ様達を振り払うさまは、とても自分の母とも「人」とも思えない。
「これはどういうことだ!」
呆然とする私を自分の背にかばうようにして、ブライス様が大きな声を上げた。しばらく暴れていた母は別人のように髪を振り乱し、意味の分からないことを叫び続けている。
「まだ私の邪魔をするの! ケイ! 消えなさいよ! 消えなさいよー!!」
パンッ
鋭い音がして、セシル様が母の頬を平手で殴った。
「いい加減になさい。これはケイではないわ」
押さえているのに、怒り狂ってるのが分かる凶暴な声。
一瞬母の力が抜けたとき、ナナがこちらに来るのが目に入った。
「いけない!」
こんなものナナには見せられない!
ナナを部屋に入れまいと動いたつもりが、ロイ様達の手を逃れた母に突き飛ばされた。
あぶない!
倒れながらそう思うのに、声が出ない。手を伸ばすのに止められない。
私より小柄なナナ。母の手には、取り上げられたはずの刃物が握られているのが、やけにはっきりと見えた。
だめ、お母さん! なんで? なんで?
恐怖に目を閉じようとした時、母が何かにぶつかったかのように勢いよくはじき飛ばされた。壁に背中が激突してガツンと大きな音がなり、ぐったりと倒れこむ。
「大丈夫か、ナナ」
「ええ、なんともありません。私よりあの方のほうが……。突然だったのであまり加減が出来なくて」
呆然とする私の前で、ナナは何でもないことのように平静な声でそう答えると、気を失っている母を気づかわし気に見た。
「ナナ! ナナ、ごめんなさい」
「レスリー、大丈夫? ケガはない?」
私は尻もちをついたまま、気を失ったまま後ろ手に縛られる母を見つめた。
「お母さん、なんでこんなことを」
「えっ? レスリーのお母さんだったの? やだ、どうしよう。かなり強く弾いちゃった!」
「ナナ、お前今、刺されるところだったんだぞ!」
「お気遣い痛み入ります、チェイス様。でも刃物を持ってるとはいえ、一般の女性ですよ?」
刺せるわけがないでしょうとサラッと言ってしまえるナナに、後ろで覗き込んでたやじ馬たちがシンと静まる。
「さすが、ナナ。魔獣と戦える上級仕立て士は、伊達じゃなかったな」
と、ロイ様が笑い、つられて王子王女の皆さんも笑い始める。
いえ、そこは笑うところではないと思います!
内心そう突っ込みながら、私はスーッと幕が下りるように目の前が暗くなっていく。ふらっとした私をナナがすかさず支えてくれ、落ち着かせるよう静かに私の頭を抱き寄せながら背中を撫でてくれた。
呼吸がどうにか整った頃、部屋の外が再び騒がしくなり、陛下とテイバー様の声が聞こえた。私の手を握っていたナナの手がビクッと震える。
「いやだ、ダメ……」
ナナの視線の先には、ズタズタのモデルとドレス。
状況は分からないけれど、こんなもの恋人に見せられるわけがない!
助けを求めて顔を上げると、ガブリエラ様が頷いて部屋の外に行き、テイバー様を止めてくれた。
「だがナナは!」
「ナナは無事よ。かすり傷一つないわ。お願いタビィ、あなたはここにいて」
「……ナナ! 俺はここにいるから! 何かあったら絶対呼ぶんだ!」
次は「仕立て士レスリーと呪詛」です。
ブックマーク、評価・誤字報告ありがとうございます。
この作品は、未登録の方でも感想が書けます。
一言コメント大歓迎です(^^)




