第66話 ただ一人の人
その後、二代分の王太子という異例の発表がなされた。
天啓の一つはクララ様の「杖」。もう一つは直接天に赴き、その力を得た若君の「多重分身能力」という体裁だ。なにせ、天を開いた私と一緒に消えたところを目撃した人が多いので、あっさり通せたことに拍子抜けしてしまう。
「おまえ、実際テイバーのもとに飛んで行ったしな」
と、陛下には笑われた。鳥も飛行機もない世界では、私の大ジャンプでも飛んでるように見えたんだろうね。だから、まだ飛ぶというよりは跳ぶですよとは、あえて言わない。これは実験が成功しても、受け入れてもらえる確率が高くなったと考えてもいいのかな。
それでも実際皆が「テイバーが次の王」であることを認めた一番の理由は、もともと若君を「単身でなければ次の王だったろうに」と考えてた人が多かったからなのだろう。
もしこれがもう少し早かったら、若君のお父さんは……。そんなことも考えてしまう。でも考えたところで結果は変わらないのだ。陛下も若君もこれに関しては完全に私を締め出しているし、忘れたふりをしていたほうがいいんだろうな、と思っている。
そしてクララ様だけど――なんと、押し倒す勢いでロイ様を口説き落としたそうだ。二人並んだ姿は本当にお似合いで、とっても幸せそう。討伐の時期が過ぎたら、婚約の発表になるんだと思う。
騎士たちからは、分身できない私が未来の王妃になることに、それほど反対の声は出なかったらしい。ネアーガ封印の顛末まで知れ渡ってしまったことで、むしろ期待の声が高いというんだけど……。どちらかと言えば餃子効果じゃない? などと、こっそり思ってたりする。
だって、次はいつ? って、色々な騎士様に言われるんだもの。
それでも、私を奇異の目で見る人が減ったわけではないことはわかっている。
ただ、私がネアーガの力をもらってしまったことは、今のところ国家機密ってことになっているので、まだましになるんじゃないかなと期待しているんだけど。
「これは、ナナが王で俺が補佐でもよくないか? 二代続けて女王とか」
茶化すような若君の言葉に顔をしかめる。
「テッドってば、無茶言わない下さい」
テッドは新しい若君の呼び名だ。
二人で考えて、テイバーとウィルフレッドの頭とお尻を合わせたニックネームにした。様はつけないでというので、頑張って呼び捨てにしている。とはいえ、日本にいるときは、陽人さんだけどね。
「でもまさかガブリエラ様がね……」
彼女の長年の片思いの相手はロドニー様だった。彼は、姉の犯した罪のせいでチェイス様の従者の任を解かれてしまった。
貴族籍ではあるが、今のままでは一騎士以上の地位にはなれないだろうという話だ。
「ガブリエラはモイラの血を引くから、他の男を好きになることはないだろうな」
陛下は呆れたような、諦めたような、複雑な顔で私にそう話した。
「ガブリエラを無期限で、北の辺境調査団長に任命したよ」
それが二人の結婚の条件だと。
「エラが求婚した時の、ロドニーの顔は傑作だったな」
「あら、それをいうならロマンティックでしょ?」
ガブリエラ様の呼び出しに応じたロドニー様の顔は、悲壮そのものだった。
この二人は若君の話によると、十年もの間相思相愛だったのに、ずーっと勘違いしてすれ違ってたらしいわ。
その日、たまたま通りかかった振りをした私の顔を見ると、ロドニー様はタキについて聞いてきた。でも実家だと答えると、
「最後に会いたかったよ」
と少し笑う。
でも今のチビタキは普通のやんちゃな子猫なので、もう連れて歩くことはできない。結局、しばらくの間、美鈴おばあちゃんと父が面倒をみてくれることになったのだ。
「テイバー、今まで悪かったな」
私の隣にいた若君に、ロドニー様は寂しそうな顔で頭を下げた。
「いや? お前がなんで俺に突っかかってきてたか知ってたしな」
あえて事件には触れない若君に、ロドニー様は一瞬虚をつかれた顔をして少し笑った。
「ふっ。知ってたって何をだよ」
その質問に若君は意地の悪い顔でニヤッと笑って、ロドニー様の後ろを見た。
そこには、顔を真っ赤にしたガブリエラ様が立っている。気配に気づいたロドニー様が振り向いた途端、
「ロ、ロドニー! あなたに私の命を預けます。おねがい、一緒に来て」
と、彼女はブレスレットをロドニー様の手に握らせた。
「えっ? はっ?」
「エラは、子供の頃からお前のことが好きだったんだよ」
「はあ? いや、それはお前のことじゃ」
「違うわよ、馬鹿! ずっとずっと、貴方しか見てないわよ。私は辺境に行くわ。ついてきて。でないと私、一生独身になるんだからね!」
こんな可愛い求婚を断れる男がいる? しかも相手は十年越しで好きだった女の子。そんなの、絶対に無理よね。
☆
チェイス様は、念願の料理のできる領主を目指して日々厨房に通ってる。
ブライス様も長年想われてるご令嬢がいたようで、領主決定を機に、ようやく彼女との婚約が進められることになったそうだ。
お兄も近いうちに結婚しそうだし、私の周りは近いうちにベビーブームになるかもしれない。ふふ、楽しみ。
王太子になった若君は本当に忙しそうだ。
私は式典までは上級仕立て士として仕事を終わらせたけど、式典後は新しくできた「特殊仕立て士」というものになった。
クララ様の式典衣装でコンビを組んだガレンには、私の専属造形士としてついてきてもらうことになった。無口で腕がいいガレンは、「これで嫁探しができそうだ」と、私に初めて笑顔を見せたので、ちょっとびっくりした。
いや、だって、無表情がデフォだったんだもの。
しかも嫁探しをしているなんて思わなかったのよ。
でもまあ、私の事情に巻き込んだことが役に立つのなら、それはありがたいことです。がんばってね。
そして私は今、間もなく始まる魔獣討伐を前に、少しでも皆の安全を高めておきたいと奮闘中。
私達の結婚は若君の即位に合わせる事になるから、多分五年後。それでもきっと、あっという間に過ぎていきそうな気がする。
「ナナ、次の炊き出しはなんだって、料理人と騎士の両方から問い合わせが来てるんだけど」
少しだけ面白くなさそうな若君が、私にそんなことを言いに来た。
「うーん、今の状況だと厳しいですよね。――豚汁ならいけるかな?」
「あ、いいね。でもあまり、他の男の胃袋を掴まないでね」
「なんですか、それ」
「チェイ……いや、いい。忘れて」
ちぇい?
☆
オリバーさんには、こちらが恐縮するくらい謝罪と感謝の言葉を言われた。
でも、タキがテイバー様だったことは内緒にしておいたほうが良かったかもしれない。かなりショックを受けて落ち込んでしまっていたから。
若君ってば、わざわざ二人に分身してテイバー様自ら説明するんだもの。意地悪よね?
ウィルフレッド様が、今まで遊ばれた分の仕返しだとか言ってたけど、なんのことやら。
ラミアストル次期領主の従者である彼は、今は若君の従者ではない。
でも、もしオリバーさんが望めば、彼を王都に呼べるんじゃないかな、などと期待している。若君のことを一番理解してくれる人だもの。ぜひそうしてもらいたい。
「春になったら、日本に指輪を買いに行こうか。ケイのところにも行きたいし、葉月達とも会いたいでしょ」
「そうですね。でも、指輪は別に買わなくてもいいんですよ」
「え?」
わざわざそんな贅沢しなくてもいいと思うの。
「テッドからは、ブレスレットも頂きましたし」
私サイズに直したブレスレットを揺らして見せる。彼の手首には、私が新しく作った守り石付きのブレスレットがある。
日本でも若君は、父と祖母、そして母の写真の前でゲシュティ式の求婚をしてくれたのだ。
お父さんは「やっと一緒に酒を飲めるな」と泣き笑いをし、おばあちゃんは「これから恋愛小説家を目指そうかしら」と、謎の宣言をしていたっけ。
「でも俺は、贈りたいんだけど?」
若君が不満そうに私の指と、自分の指輪を見る。
「じゃあ、二人で作りませんか? 素材から選んで。私があげたものは、あくまで試作品ですし、プレゼントってわけでもないじゃないですか。ちゃんとテッドのことを考えてデザインもしたいんですけど、ダメですか?」
小首をかしげて提案すると、
「ああ。それもいいな」
と、若君はにっこりと笑った。
ただ、やっぱり一つは日本で買うことを約束させられてしまったんだけどね。何かこだわりがあったのかしら? よくわからないわ。
日本と言えば、結局何度試しても、私たち以外が二つの世界の壁を超えることはできなかった。
これはもう、いろんな偶然要素が絡み合った特例なんだと思う。
一部では日本のことを、本当に「天の国」だと思っている人もいるとか。
「まあ、それくらいのほうが、かえって平和かもしれないですね」
コテンと若君に頭を預けると、顎をつままれ、そのまま優しく口づけられた。
「そうだな」
彼のやわらかい笑顔に、愛しさで胸がいっぱいになる。
父と母のように、異なる世界を越えて出会った、ただ一人の人。私は、その奇跡を毎日噛みしめるのだ。
「あっ……」
「どうしたの、ナナ」
「えっと、ひとつ言い忘れてたと思って――――あの、テッド?」
「ん?」
「愛してます」
初めて会った時から、どんな世界でもどんな姿でも、ただ貴方だけをずっとずっと――愛してる。
最後までお読みいただきありがとうございました。
はじめてナナに言われた「愛してる」。
若君は撃沈でしょうか、デレデレでしょうか。皆さんは、どのような光景が浮かびましたでしょうか?
本編はこれにて終了です。
このあとは、おまけのショートストーリーです。
明日11/8に8話分、11時から1時間おきに投稿します。
52話以降の、主にナナ以外の他者視点になりますので、ご興味のある方はどうぞ。
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