第33話 なんですって?
私はチラリと会場の王子たちを見た。
王子たちは二人とも、若君とはまた違う感じで目立つ存在だからすぐに見つかる。
金髪で優しそうなブライス様。黒髪でおしゃれなチェイス様。どちらもステキな青年だけど、テレビ画面の向こうくらいの遠い存在には変わりない。
「たぶん二人とも恋人がいますよ。あんなに素敵なんですもの。王様とはいえ、親が勝手にどうこう言う問題ではないのでは?」
恥ずかしさのあまり、ちょっとぶっきらぼうな言い方になってしまったけどかまっていられない。からかうにしても質が悪いわ。
「それに私、半分はこちらの人間ではありません。これからも日本とこちらを行き来するつもりです。王子様たちがそれをご存知かどうかは知りませんが、その事実を受け入れられる方は……そうそういないと思います」
自分で吐いた言葉なのに、ふっと口の中に苦みが広がる。
もしかしたら王子様たちは、私を奇異な目で見たり蔑んだりすることはないのかもしれない。私のことを少しは理解してくれるかもしれない。
でもたとえそうだったとしても、彼ら王族だった人間が、上級仕立て士の夫になるために庶民になることを望むだろうか。
「もし次の王でなくても貴族じゃないですか。私、まだこちらの身分制度がよく分からないんですけど、相手も同じ貴族のご令嬢でないと、身分的にも問題ありますよね?」
必死に言い募ると、陛下は不思議そうに首をかしげ、何か考え込むようにしてしばらく黙り込んでしまった。
「あの、陛下?」
「身分が、よく分からない?」
ああ、無知をさらしてしまった! と後悔するけど、もうここまで来たら破れかぶれだ!
「はい、わかりません。貴族とか王族のことは、なんだか聞いてはいけないことみたいで教わったことがないので。だから、地球でも王様がいる外国の例なんかを参考に考えてます……けど?」
例と言っても難しいことはわからないから、主に葉月の貸してくれた漫画や小説が元ネタだ。思いっきりファンタジーだけどね! でもそれだって、普通に考えて王子様と庶民のシンデレラストーリーは夢物語だからあり得るものだよね? ちがうの? 私、頓狂なことを言った?
「これは、ある意味僕のせいかもしれないな」
陛下が顎を撫でながらつぶやいた言葉を、私は聞き逃さなかった。
どういうこと?
「貴族は、君の国で言えば職業のようなものだ。力が親から子へ受け継がれることが多いから代々続く家もあるが、少なくとも王はそうではない。事実、僕がそうだからな」
「……でも、もともと貴族ですよね?」
平民で分身する人がいるとか、聞いたことがないもの。
「僕は平民の出だよ。十歳の時までね」
「うそ……」
「この国で必要なのは力だ。その力を残すために、力の均衡が揃った者同士での婚姻になることは多い。だが、その力がなくなれば平民になるのは知ってるかい」
「はい」
「なら当然その逆もあるんだよ」
「そう……でしたね」
その事実に目を丸くする私に、陛下は時間がないからと少々早口にこの国のことを説明してくれた。
☆
ゲシュティで重要なのは「力」だ。
魔獣と戦い、同時に土地を治めるのが領主などの王侯貴族。
乗り物や機械を作る製造技師。
王侯貴族が戦うための手助けをする、私たちのような仕立て士や造形士。
それぞれ上の級に上がれば上がるほど強い力を持っていて、それぞれその力を残すため、力の均衡のとれた相手と婚姻を結び、子孫を増やす。
「そういう点で見れば、上級仕立て士は王の次くらいの地位ともいえるのだよ」
――うそでしょ⁈
思わず飛び出しそうになった言葉を、今度は頑張って飲み込む。
他の上級仕立て士の工房なら、城ともいえる作りなのだそうだ。
ただうちは、サリーおばあちゃんがそれを良しとせず、庶民の中で暮らすことを選んでいるという。
そして陛下は
「僕の母も、上級仕立て士だった」
のだそうだ。
そして四十年前、王となる啓示を示した人は、陛下のお母さん自身だったのだと。
「久々に新しい上級仕立て士が来ることで、上層部の一部は色めき立っている。君が啓示を指し示す可能性があるからだ」
「やめてください。私にそんな力はないです」
プレッシャーがすごすぎて怖い。
陛下のお母さんは、どんな気持ちで我が子を王だと言ったの? 庶民で、しかも我が子が次の王だなんて、絶対あちこちから反感買うよね? それとも、万人が納得する何かがあったのかしら。石に刺さった剣的な何かが。
色々な考えが嵐のように頭の中を渦巻きオロオロする私に、陛下は突然ガシガシと後頭部をかくと「めんどくせえ」と低い声で唸った。
「えっ? 陛下?」
口調が、ちょい悪オヤジから不良中年に変わってますけど……。
「すまん、ナナ。お前に隠されてることが多すぎて、余計に混乱させていることがよく分かった。それもサラの意向だったんだろうが、状況が変わらなかったので仕方がないんだ」
「あの?」
「お前の力は強い。サラどころか、サラ以上と期待されていたケイの力が足下に及ばないほどに」
「そんな!」
お母さんはたまたま日本に行ってしまっただけで、ここにいたらそう言われるのは私の方で。
「おそらく父親の血との相性が良かったのだろう」
でもお兄はこちらを見ることもできない。
「ケイが亡くなる前、お前は向こうとこちらをつないだではないか」
「!」
なんで、それを……。
「おばあちゃんが、言ったんですか……?」
「いや、ちがう。僕も日本にいるケイの姿を見たからだ! ――やはり、覚えていないのだな?」
私は思わずガタっと立ち上がったけど、全身の血が凍り付いたように体中が冷たくなって、それ以上動くことができなかった。
「私、私は……」
「ナナ」
「私は……母が亡くなった時のことを覚えていません」
お母さんが最期に何を思ったのか、声をかけてくれたのか、何も覚えてない!
気が付いたときにはお通夜もお葬式も、何もかもが終わっていた。
お母さんはすでに灰になっていて、写真の中で笑っているだけ。
だから本当は――
「今でも、母が死んだって信じられないんです!」
泣いても呼んでも応えてはくれない。それでもどこかで生きているんじゃないかって願ってしまう。何も感じないのに、いないのが分かるのに、それでも信じられない!
私は何もできなかった。
お母さんの代わりに、まだ一人前にもなれていない。
なにも、なにもできていない!
「私が、お母さんをこちらの家族と会わせたって、お父さんたちも言ってました。サリーおばあちゃんにもありがとうって言われました。でも、本当にそんなことをしたのか分かりません。お母さんが死んで、ショックを受けてる私を慰めてるだけなんじゃないですか⁈」
「ナナ……」
陛下も立ち上がり、そっと私を抱き寄せるように腕を伸ばしたけど、私に触れることが出来なくて「なんだこれは?」と目をぱちくりさせた。
「すみません。私が望まない限り、誰も私に触れられないようにしているんです」
陛下の表情がおかしくて、私は少し平静を取り戻す。
「ああ。これが噂の。すごいな、これは。でも使えるやつはいないんだったな?」
「はい、残念ながら、今のところ誰も」
私が少し微笑むと、陛下は少しほっとしたような顔をした。
「ナナ。こういうところだよ。――僕はできれば、君をよそにやりたくない。やっと会えた忘れ形見を手元に置きたいって、そういうわがままでもあるんだ」
「わがまま、ですか?」
「ああ、わがままだな。そういえば、ナナには好きな人がいるんだったな? 君の初恋の人というのは、ラミアストルの男かい?」
「えっ? あ、あの、わからないです」
警邏のお兄さんのことまで知ってるの?
「お前を魔獣から守ったこともあると聞いている。相手も子供だったなら、その可能性もあるな……。こちらの国の人間なら……」
そう言うと、陛下は顎に手を当てて、何か考えるようにぶつぶつ言い始めた。
「ナナが望むなら、その男でもいいぞ」
ニカーッといい笑顔をしてますけど、なんで陛下がお父さんのように言ってるのでしょう?
戸惑う私の足下を、タキがスリスリッと頬を当てながらくるくると回るので、そっと抱き上げる。
「その相手がうちの息子なら大歓迎なんだがね。大丈夫、僕の子だから、状況はすぐに理解するさ」
「あの、陛下……」
なぜそこまで私と王子様を結婚させたがるのですか。手元に置きたいって、どうして……?
「わからないかい、ナナ? 僕はサラ・モイラの息子で、ケイは僕の妹。君は僕の姪なんだよ」
――なんですって?
陛下の爆弾発言に唖然。
次は「月の扉」です。
陛下の話に、思わずナナは感情があふれ出し……。
ブックマーク、評価・誤字報告ありがとうございます。
この作品は、未登録の方でも感想が書けます。
一言コメント大歓迎です(^^)




