96.ダークネス ストリーム②
考えるまでも無かったが、浅海は最初からさよりじゃなくて、鮫浜とくっついて欲しいことを言い続けていた。それはもちろん、後々に分かった鮫浜の護衛役だったからということなわけだが。
浅海には一切鮫浜の家のことは教えていなかったのに、そこにいるという事実がまさにソッチ側の人間だったということを物語っている。距離的にも俺を守っていたというのは間違いじゃなかったわけか。
「ごめんね、湊。池谷さんを呼びつけるようなことをして。結果的には望んだとおりになったのかな?」
「こうなるのを分かっていて浮間を使ったって? 浅海、お前……大した奴だな全く」
「うん、ありがと」
「褒めてないぞ? というか、そこは鮫浜あゆの家では無くて、浅海の家だったりするのか?」
「湊の思う通りかな。半分くらいは当たりだけど、後の半分は何とも言えないかな」
闇の巣窟とか笑えん。力じゃ敵わないのは知ってるし、喧嘩する理由もないけど、何でここまでするのかが理解出来ない。鮫浜が俺のことを単純に好きになったからなのだろうか。だからわざわざ隣に越してきたとか、そういうオチなのか? 考えてもさっぱりですよ?
「高洲君。さよりをさよりの家まで送ってあげて」
「え、あ……うん」
「……どうして? どうしてここまで……」
いや、さっきからやばいくらいさよりが怯えてますよ。しかもどっちかというと、鮫浜じゃなくて浅海の方に対して。浅海と過去に何かあったのか? さすがに浅海と出会ったのが中学だった俺には、彼女がしたことなんて聞けるはずも無いからな。
とりあえず、震えまくるさよりを送って来るしかなさそうだ。すぐ隣だけど。
「で、鮫浜と浅海はそこにずっといるつもりか?」
「ううん、いない。バイトに行くから」
「バイトって、遅刻なんじゃ?」
「平気。連絡済みだから。だから高洲君もさよりを送ったらバイトに来るよね?」
え、こんな状況でバイトに行けと? しかも午後はさぼって帰って来てんのに、学園主体のバイト先になんか行けやしないだろう。体もだるいし、鮫浜とホール回すとか無理だろ。
「ごめん、俺は今日休むって伝えてるから。だから今日は教えられないんだよ。ごめん、鮫浜」
「……そ。それなら早く送って来ていい。また明日ね? 湊くん」
「あ、ハイ」
鮫浜相手にグダグダな会話は無駄だ。敵いっこないしな。素直にさよりを送ってこよう。
「さより、行くぞ」
「ん……」
口封じの術でもかけられたかのように、さよりはすっかりと口数が減ってしまった。この場では特に何も起こしそうになさそうなので、俺はすぐに自分の部屋を出ていく。無駄だと分かっていても、勝手に入って来られないように初めて窓の鍵を閉めた。
さよりの家は、数歩足を動かしただけの距離なのですぐ着いたわけだが、玄関前には姫ちゃんが待っていた。
「高洲? さよりと朝帰り?」
「いや、まだ夕方だからね? 姫ちゃんも毒性強くしてたら駄目だよ」
「冗談だから」
「う、うん。で、もしかしなくても鮫浜に聞いていたとか?」
「聞いたというよりメッセージが流れてきた。詳しくは知らない。でも、シた?」
「ハハハ……冗談キツイね」
「湊、部屋に……」
「お、おー」
キスをされた時から感じていたが、姫ちゃんは色々マセているようだ。何も知らない、知らずに子供っぽいのはさよりだけのようだ。さよりを部屋に入れると、ずっと黙っていた彼女がようやく自分を取り戻したようだ。
「で、大丈夫か?」
「ねえ、湊の部屋の隣があゆの部屋だったの?」
「あ、あぁ、まぁ……多分」
「あんな真横にあるだなんて、そんなのおかしいわ。それにどうして浅海さんがあゆと一緒にいるの?」
「浅海は鮫浜側の人間らしいっていうか、護衛役らしいんだよな。知らなかったのか? っというか、さよりは鮫浜家と交流があるんじゃないの? ファミレスの時も一緒に来てたし」
「知らない。あゆの両親も知らないし、知っているのはお父様だけ。浅海さんのことは紹介の時に知っただけで……だけど、知らないふりをしていたのは彼の方……」
なるほど、分からん。因縁があるのはさよりと浅海っぽいな。鮫浜の家は本当は隣じゃなくて、別な所にあるってことだよな。母さんにも聞いてみるか。それにしても、さよりさん……部屋に入ったときから俺を離してくれませんよ? どれだけラブモード突入しちゃったのかな。
「それはそうと、湊の返事! 返事を聞いてないわ」
「あー……いや、なんつうか、こうやってお前とくっついてる時点で分かるだろ?」
「また! また言った! お前じゃないって言ってるでしょ!」
わがまま娘ですね、分かります。むしろどうして名前呼びをされたいのかが分からん。親に名前くらいは呼ばれるはずなんだが、そういやコイツの母親を見たことが無いな。もしや名前も呼ばれないほど扱いが良くないのか? 家庭事情はさすがに踏み込んではいけない気がするが、そうも言ってられなくなったか。
「お前……じゃなくて、さよりのお母さんは家にいないのか?」
「……知らない」
「知らないって、それは何で……親だろ?」
「わたしはお父様だけが味方だから。お母様は姫の味方……」
なるほどな。池谷家も闇というか複雑らしいな。まぁ、俺の家も人のこと言えないけど。母さんは身近な存在だが、社畜の親父とはまともに話もしていないしな。話をする話題も無いけど、そんなもんか。
「それより、もう一度して?」
「あ、うん……さよ――」
「高洲、帰らないなら泊まる? って、あ……」
「あ――」
さすがに見てはいけないものを見てしまったという反応を見せたようだ。まだしてないからね? そしてノックくらいしようか、姫ちゃん。よく分からんけど、さよりと付き合うのも簡単じゃなさそうだ。
とりあえずそろそろ母さんも帰って来るし、俺も帰るしかなさそうだ。
「俺、帰るよ。姫ちゃん、泊まらないから安心していいよ」
「遠慮いらない。わたしの部屋はいつでも歓迎」
「はは……」
「……湊」
「さより、また明日な? 迎え行くから。拒否るなよ?」
「わたくしを誰だと思っているのかしらね? ふふん、仕方ないから湊の為に楽しみにして玄関で待つことにするわ! ほら、早く庶民の家に帰りなさい」
「じゃあな、さより。それと、姫ちゃん」




