95.ダークネス ストリーム①
キスを求められる。これは俺からしなくてはいけないということだ。今までのキスは全て彼女たちからのキスであり、俺は受け身のみによるものだった。口に直接するのは俺も初めてのことになるかもしれない。されたことはあったようななかったような、曖昧な記憶だ。
俺のベッドに横になり、そこから泣きじゃくるというコンボを繰り出したさよりは、涙を流しまくって若干ながら目の下を赤くした状態で、俺にキスを求めてきている。涙か汗か分からないが、さよりの唇はうっすらと濡れていて、何とも艶めかしい感じになっている。
胸の辺りまで伸ばしている黒い髪も何ともくすぐったい感じがしているし、しかもキスをしてくるであろうという確信を持った、潤いのある瞳で俺を見つめてくるではありませんか。
「……湊、して」
「あ、あぁ……さより」
「――んっ……はっ……あ――」
むぅ……息継ぎはどうすればいいのだろう。とにかく息は我慢すべきなのか? とまぁ、下らないことで頭の中は軽くパニック状態。雰囲気は何ともロマンティックですが中身はこんなもんですよ、ええ。
「――湊、ふぅっ……んんっ……あ、の……」
「ん?」
「安心……したい……だから、このまま――」
「……分かった」
俺からの初めてのキスがまさかコイツになるとは思わなんだ。まぁ、その前に姫ちゃんとか鮫浜とかの経験はどこかに置いとくとして、まるで浮間のキスを無かったことにするかのように、何度もキスを求められている。
午後の授業をさぼって、自分の家の部屋で彼女でもない奴と抱き合ってキスとか、ものすごく背徳を感じている。俺が出来ることは、自分を抑え込んでまで強がりを見せたコイツを安心させることだ。
◇
時間にしたらそんなに経った感じがしないが、放課後くらいの時間になっただろうか。窓から少しだけ夕陽の光が差し込んできているくらいだ。
よほど俺の背中が安心する場所なのか、さよりの両腕が俺の背中にがっちりと回していて身動きが取れない。当然だが、さよりの表情は俺からは見えない。この時間になるまでの俺はまさに無心を貫くことにあった。どうしようどうしようなどと、何度も頭の中でグルグルと同じ所を走り回っていたからだ。
「……んんん、湊」
いや、うん。これはもうアレですよ。責任がのしかかってしまったアレですよ。俺のように非モテな中学時代を過ごした奴にとっては大事件であり、架空の出来事なんじゃないかと錯覚してしまうほどだ。俺なんぞが、学園一の美少女である池谷さよりと、こんな関係になってしまったという事実は全俺の中で驚愕。
「……湊」
「起きたか? さより」
「うん……あの、あのね……好きなの」
「分かってるよ」
「湊、あなたは?」
認めるしかないだろう。俺も何だかんだで、甘えを見せてきた辺りから気になっていた事実に。告白と同時にそういう関係になるということにもなるだろうが、そうなるのは必然だったかもしれないな。
「俺はさよりのことが――」
「わたしのことが……? あ……あぁぁぁっ――」
「ど、どうした?」
俺に抱きついて来ているさよりの視線は窓側にあった。俺からは窓は見えなくて、さよりの顔が間近にあるだけだったのだが、俺の返事を待っていたさよりの顔は一気に青ざめているようにも見えた。何か恐ろしいものでも見ているかのように。
「ど、どうして……あなたがそこに……い、いつから――」
さよりは窓に向かって話している。これはもう、確定だろう。彼女がそこにいて、俺たちを見ていたということだ。それはいつからなのか分からない。第一、俺とさよりが学園を抜け出してすぐに、誰かが付いてきた気配は感じられなかったからだ。
「……さより、安心出来た?」
「そ、そ……そんなの」
「ふふっ……何を怯えているの? 好きな彼に抱きついているのに……」
そういえば俺とさよりが学園を出る時に、携帯が自己主張をして震えていたがやはり彼女のメッセージが来ていたのだろうか? 俺は密かに片手を使って画面を見てみた。
「ひっ……」
「あ、高洲君。今見たのかな? 見ていたらこんなことにはならなかったんじゃないかな?」
何でここまで俺を気にしているのか分からないくらいの同じ文字が、画面中に表示されていた。
「見てるよ」「ずっと見てる」「見ていてあげる」などなど、俺たちが俺の部屋に入ったときから見ていたということになるのか。これはあまりに闇すぎるだろ。俺のことが好きだからといってもこれはさすがに驚く。
そしてもう一つ、俺が驚いたことがあった。さよりが窓の鮫浜に驚いて固まっているので、俺はすぐに上体を窓側に向き直したわけだが、そこにいたのは鮫浜だけじゃなかった。やっぱりというか、疑いたくなかったけど、さよりを騙すようなことをした奴がコイツだったなんて信じたくなかった。
「やっ、湊」
「浅海……お前、何で……」




