92.高洲湊と怪しい浅海
昼休みになった。鮫浜が朝に言っていたことはあんまり気にすることはなかった。それとは関係なく、休み時間にすらさよりの所に行って話しかけることが出来なかったこともあり、昼は自分から声をかけて誘うことにした。
そう思っていたのに、さよりの方から嬉しそうな顔をして俺の席へやって来た。考えていたことは同じだったかと思うと、ちょっとだけにやついてしまう。
「湊! いつも暇だろうし、相手も決まっていないでしょうから、お、お昼休みはわたくしとカフェに行きましょ?」
「お、おぉ……俺も声かけようとしてた。じゃあ、行くか」
教室に残っていた連中はかなり驚いたらしく騒めいていた。鮫浜はともかくとして、池谷さよりが高洲に声をかけるなどと、恐ろしく珍しいこともあるものだと目を丸くしていた。確かに初めてかもしれないけど、そんなに驚愕するものなのか? 第一、朝は腕を組んでいたのにそれを見ていなかったのだろうか。
「湊が先に行ってわたくしの為に席を確保なさい。わたくし、誰かに呼ばれてしまったの。正直どうでもいいことなのだけれど、話くらいは聞かないと常識に欠けてしまうでしょう? だから先に行くことをお願いするわ」
「男子か?」
「それは分からないけれど、廊下にいるらしいわ。わたくしが話しかけたこともない女子に、彼が待っているなんてことを頼まれてしまったのですもの。あぁ、浅海さんの取り巻き女子だったかしら。とにかくそういうことだから、お願いね」
知らない奴に呼ばれてのこのこ行くのか。さよりは常識だの規律だのにうるさいからそうするのが当然と思っているみたいだが、しかも浅海の取り巻き女子? ぼっちのさよりに声をかけるって時点で怪しさ十分だぞ。教室にはすでに浅海の姿も、鮫浜の姿も無い。残っているのは弁当派の連中だけだ。
何かキナ臭い気がしないでもないが、さよりはすぐに廊下に出て行ってしまった。俺を待たせたくない気持ちがあるのか、慌てていたようだ。それなら俺もカフェに行って、さよりの為に席を確保しとくしかない。
そう思いながら廊下に出ると、浅海が声をかけて来た。
「湊、一人なのか?」
「ん? 浅海か。今は一人だけど、昼はさよりと食べるぞ。何か用事か?」
「――あぁ、池谷さんか。鮫浜さんとは食べないの?」
「決まってるわけじゃないしな。鮫浜も気まぐれだし、そういうお前は相変わらず女子連中と食べるんだろ?」
「一緒にいるってだけだよ。湊と食べられるんならそれはそれでいいしな。カフェに行くの? そうなら途中まで一緒に行かないか?」
「あぁ、いいよ。さよりはすぐに来そうにないし。俺は席を確保できればいいだけ」
「……そうか、上手く行くといいね?」
「ん? 何が?」
「何でもないよ。じゃあ、行こうか」
一見すると、完全なるハーレムな光景。俺を除いて、美少女姿の浅海と取り巻き女子を引き連れてのカフェ移動は、すれ違う男たちに絶望と失望と嫉妬心を生ませていた。俺には羨望の眼差しを向ける奴なんて皆無なのである。特に浅海の正体を知る男子はほぼいないだけに、「何であんな野郎が」「リア充なんてもんじゃねえ」などと、思いきり俺にだけ聞こえてくるじゃないですか。
「コイツは男なんだぞ?」なんてことは言いたくないし、友達を失いたくないからそうしないだけだ。浅海は別にバレてもいいよなんてことを言ってくれるが、周りの女子はそうじゃないらしい。なにせ本物のイケメン。男の姿になれば、浅海に近づくのは間違いなく大量の女子。その牙城を崩されたくないがために、取り巻き女子はいるのだろう。
「湊、何かデザート食べる?」
「いや、俺はいいよ。あいつと一緒に食べるわけだし」
「プリンとかならあまり腹に入らないだろ? 一口とか二口程度なら大丈夫だよ。俺が奢るから、湊もここに座ってよ」
「席の確保があるし……」
「うん、それなら平気。彼女が来たらここを譲るから」
「分かった。そういうことなら」
浅海と取り巻き女子は5、6人のグループでカフェの一角を陣取っている。更には、他にも浅海を守る女子がいるらしく、そういう意味でカフェ内においては席の確保は万全なのだとか。ナニソレ羨ましい。
さよりが来るまで、ここでぼっちで待つのは正直言ってしんどい。何故なら、俺以外に男連中は立ち入らない聖域でもあるからだ。学食カフェだから本来は誰でも来ていい場所なのに、この学園は圧倒的に女子が多い。イケメンならともかく、そうではない俺のような男連中だけで気軽に来れないという場所になってしまった。
そうは言っても全くいないわけじゃない。浅海を知らない奴らは、近くに寄ってくることもあるので、そういう意味ではそんな奴等でもいるだけで違うと感じてしまう。
それにしてもさよりはどこへ行ったのか。何より、俺以外に話せる男がいたのか。知っていなければ、さよりを呼び出すことも無いだろうし、知っていて呼んだのなら何か特別な関係と言えなくもない。さよりは俺のことを好きとか口に出してはいるが、将来がどうだとかしか言っていない。つまり、彼氏は他にいて彼氏には出来ないけど、一緒にいるだけでいいと思われているかもしれないのだ。
「湊~お待たせ。プリンてか、チョコバナナとか色々乗ってるけど、食べるだろ?」
「おう。じゃあ、遠慮なく……」
「や、俺が掬うから湊は口を開けて待ってて」
「ほわっ? それはあ~んという奴では?」
美少女姿の浅海にあ~んとか、それは嬉しさ半分、そして何かイケない世界へ行ってしまう気分になるのが半分以上だ。しかし俺の口は自動的に開いていく。拒むことなど許されない空気が漂っているからだ。浅海の取り巻きは、俺とのイチャイチャ? は容認しているようで、むしろもっとやれ! とさえ思っているとかなんとか。
「……湊、もっと開けて」
「ハイ」
「はい、あ~ん……」
「……ん、んむ、これは中々に甘いな……」
「ふふっ、だろ? じゃあ、もう一口入れるよ」
「……」
これが浅海ワールドか。間違いなく男と男の娘がイチャイチャしているだけなのだが、周りの関係ない女子が見惚れる光景になっているようだから、これはこれでアリなのかもしれない。
「お前、俺の口に含んだスプーンをそのまま……平気なのか?」
「もちろん。何か問題でも?」
「い、いや、だってお前一応、美少女姿だし。周りの目は気にならないのかなと」
「あはっ! 面白いなぁ、湊は。だから好きなんだよな。同じ男同士で何を恥ずかしがってるんだか。それに口に付けたスプーンだってそうだよ。湊のなら何も問題ないし、キスだって出来るだろ? 今の俺なら」
男同士だから問題なわけだが。コイツ、今日は随分と積極的じゃないか? キスするとかそれは禁断すぎるぞ。鮫浜の護衛であることも判明して、一緒に裸の付き合い……風呂ですよ? をしたからなのか、以前よりもかなり近くなった気がする。どういうわけか分からないけど、鮫浜側の人間だから妙に闇を感じてしまう。もちろん、キスはしないぞ絶対。
「それはそうと、彼女遅いね? 場所は分かるの?」
「さよりか? カフェくらい分かるだろ」
「そっか……俺はここに座ってるから、湊は迎えに行ってあげなよ」
「でもどこにいるのか分からないぞ?」
「……中庭だと思うよ。ほら、行ってきなよ」
「そ、そうか。じゃあ行って来る。全くあいつ、世話が焼けるよな。じゃあまたな、浅海!」
「――ごめんな、湊」




