88.非モテ脱出あるいは修羅場の開幕かな?
鮫浜が布団の中にいたこと自体は特段驚いたわけでもなかったものの、いつからいたのかが全く分からなかったのが衝撃だった。しずの言葉の意味といい、鮫浜自身の言葉といい……浮かれていた俺自身に、再び恐怖心を甦らせたのは言うまでもない。
あの子はそうなのだと俺自身が忘れてはいけないことだったのだ。鮫浜がいなくなってからすぐに、崩れ落ちるように眠くなったことで、朝は素直に起きることが出来た。ある意味で緊張が解けたのかもしれない。
「おはよ。ふわぁぁ……」
「あら、湊。早いのね」
「まぁ、たまには? それに今日は走馬灯が……」
「何を言ってるか分からないけど、頑張りなさいよ」
母親は状況を知らないから呑気なことを言う。ちなみに親父は朝が半端なく早い。さよりの親父さんのことばかり言ってきたが、俺の親父も立派な社畜だ。そんなわけで、果たして親父が俺と会話をする機会があるかどうかは未定だ。朝の適当飯を口にして、家を出た。出たのは良かったのに、今日は悪魔が……いや、悪夢の始まりの日らしい。
「お、おはよ、湊……」
「高洲君、行こ?」
なん……だと……? 何で今日に限って二人がいるのでしょう? 実はすでに俺は別の世界へ逝ってしまった? それともこれは夢? どちらにしても美少女が二人で俺と登校しようとしている。それもお互いが敵同士で。今日は俺の命日になるのかな。
「お、おはよ、さより、鮫浜……ど、どうし――」
「高洲君、何故、私の名前が後で、さよりが先なのかな? どうしてかな?」
「え、や……それには別に意味なんて……」
「それに鮫浜じゃなくて、あゆって呼んでいいと言った。言ったよね?」
「ハ、ハイ……あゆ、おはよう」
「……ん、おはよ」
おぅふ……朝から闇全開ですかそうですか。ここは素直に従おう。さて、肝心のさよりは……?
「湊! わたくしのことはさよりんとお呼びなさい! よろしくて?」
はぁぁ? 散々嫌がっていた名前で呼べだと? そうか、対抗心か。何か的が外れているぞ。
「で、さよりん。おま……さよりんは、どうして俺の左腕に絡みついているんだ? それも胸? を押し付けてまで」
「い、いつもしてあげているわ。忘れてしまったのかしら? 湊は可哀想な頭の持ち主だったわね……ごめんね」
「ハイ、ソウナンデスヨ。ボクは可哀想ナンデス」
こういう時は素直に応じる。それがコイツの攻略の仕方だ。多少、言葉が携帯くんっぽくなってるが気にしたら負ける。
「えと、あゆも何で朝から俺の家に? いつもは先に学園に行ってるよね? そして右腕にふわふわなオムネさんを押し当てるのはやめて……いえ、やめなくていいです」
「今日はそんな日。今日だけそうさせて欲しい。駄目? 駄目かな?」
「オーケーでございますよ? ハッハッハ」
鮫浜の二度聞きは彼女がキレかけていると最近知ったことだ。もちろん、甘えの時もそうだが鮫浜の言葉は一言一句たりとも、逃してはいけない。それが俺自身への戒めと暗黙のルールだ。
もしや今日は朝からこんなという時点で、夜眠るまでが長いのかな? 何といっても夕方が本編みたいなものだろうし、俺の命の灯もそこがピークに違いない。しかし予想以上に二人はそこまでいがみ合っていないように見える。さすがに朝からそうではないということか。鮫浜がバイトしていることは知らないだろうし、週に二日のシフトで今日が二日目だということもさよりは知らずにいるのだ。
「高洲君……昨日は気持ちよかった?」
「ふぁっ? え、何が?」
「言わせるのかな?」
「あー気持ち良かったんじゃないでしょうか(たぶん、胸の押し付けに違いない)」
「それなら、またシテあげる。あげるね?」
「ハイ」
いがみ合いじゃなくて、嫉妬心を上げさせる時間ですかそうですか。らしいと言えばそうなんだけど、現に今でもオムネさんを押し付けて来てるしな。反対側のさよりは押し付けてきているのかさえ、確認が取れない。そこは成長中ということでスルーさせて頂く。彼女にはオムネさんのことを言わないと俺自身に誓った。そうでなければ、さよりが俺に出してきた問いがいつまでたっても解けないままだ。
「と、とにかく学園に行きましょ」
「高洲君、進む」
「ワカリマシタ」
まぁ、教室手前で二人とも離れてくれるだろう。そんなことを思いながら、戦々恐々で俺は学園に向かって歩き出した。今日は厄日、いや……災厄日なのだろう。両腕に学園一の美少女がくっついているのが何よりの証拠なのだ。
「ふふっ、今日は楽しみ……だね?」
「湊、楽しい日にしようね?」
「デスネー」




