77.鮫浜あゆは交流が活発のようです。
膝枕をされていると当然のことだけど、身動きが取れない。見上げると瞳の奥まで見えてしまう(気のせい)くらいに、鮫浜の顔をまじまじと見つめることが出来るわけで、何となく気恥ずかしい。これがもっとお互いに想い合っている関係ならずっと見つめ合っていると思うのだが、鮫浜をずっと見つめるのはなにかヤバい。だから自然に目を逸らしてしまうのは許して欲しい所だ。
「後ろめたい?」
「そうじゃなくて、恥ずかしいっていうか……てか、ここの宿っぽいとこは他の人はいないの?」
「貸し切りだから」
「あゆちゃんは何者? キミをもっと知らないことには俺も深くまで入っていけないし、キミも俺と付き合うってことにはならないよね?」
「私は私。高洲湊を好きな私。高洲君……私と最後まで一緒にいたい?」
「さ、最後?」
「そのままの意味。看取るまでいられるなら、私の全てを君に教えてあげる……」
寿命までって意味だと思うが、それともマジで闇組織の人間だとでも言うのだろうか。まだ俺はそこまでの覚悟を持っていない。そもそももう一人の子を心に置いたままだし、そんな状態でこんなヤバそうなことに確かな返事なんて出来ないな。
「いや……その……俺は」
答えられないことはお見通しだったようで、鮫浜は俺の頭をなでなでしながらいつになく、柔らかな雰囲気で俺を見つめていた。好かれているってのはこういうことなんだろうけど、それでもまだ分からないことだ。
「……いいよ、まだ」
そう言いながら、迫ってくる鮫浜の顔と唇が俺の顔を覆う。こうまでされても確かな関係になれないなんて、何だか本当に何とも言えない。
雰囲気に流されそうになりつつ、俺には確かめたいことがあった。せっかく持って来ているのだから、それを本人に聞くことにした。
「あゆちゃん、あのさ、俺を常に監視している? それと携帯の……俺に絶妙なタイミングでメッセージが来るけど、それって?」
「してない」
「はっ? いやいや、あれ? でもさよりと一緒にいた時に携帯にメッセージが来たし、さよりが玄関に来たことを知らせてくれたのもあゆちゃんだよな?」
「それ、たぶん鮫浜bot。私じゃない。もしくは彼の仕業。それと、さよりが来ることくらいは誰でも分かること。あの子は行動してしまうから分かりやすい。キミを好きすぎて隠しきれていない」
「オゥ……bot? マジで二人目三人目の世界じゃないか。まぁ、彼が誰なのかはもう分かったし、本人にどうこう言うつもりは無い。あれだけ味方してるしな。でも、いくら分かりやすくてもさよりの場所まで特定するなんてあり得ないだろ」
RTをしたつもりは無かったというより、ほぼ呟かないのに何故だ。それも組織的な仕業か? こわっ……。
「教えていなかったけど、私はあの子と連絡してるから。だから分かる。それだけ」
「あの子? さより本人とか?」
「池谷姫。さよりの妹。あの子は私に似ているから、接触して聞き出した」
そういや口調は、当初はさよりっぽいと思っていたが、よくよく考えれば鮫浜っぽい気がするな。姫ちゃんも俺を自分の部屋にじゃなくて、説教部屋とやらに連れて行って自分の部屋には入れてくれなかった。そういうことなの? 人の繋がりが怖いと思ってしまうじゃないか。
「釣り合わないとかって言ってなかった? なのに、何でそんな関係に……」
「妹に罪は無いから。キミも弟になる時がある。もちろん、罪は無い。それと同じ」
ああ、うん。そういう子だったな。普通ではないんだよ。今この場に二人しかいないってことが何よりの証拠だ。闇と病みに、不思議が追加というかそれが鮫浜のステータスなのだろう。
「俺とも交換してくれないかな? これだけ仲良くなってるのに知らないのは寂しいし……」
「うん、いいよ。けど、キミから――」
「分かってるよ。俺からは送信しないんだろ? あゆちゃんから話しかけたい時だけでいい」
「ん、ありがと」
「他にはいないのか?」
「しずとほたると浅海」
「浅海は分かるが、しずはあゆちゃんの連絡先を知らないって言ってたぞ? それもそういう意味?」
「そう。相手からは受信しない」
一方通行交流って、鮫浜らしいけど何だかな。今の話だと、姫ちゃんと浅海にはそれなりに連絡しているっぽいな。浅海は恐らく、護衛も兼ねてかもだが。
「でも、湊くんのメッセージは拒まない。だから送りまくっていい……返事は期待しないで欲しい」
「いいよ、俺もそんな携帯触る率少ないし。ただ、知っておきたかっただけだから」
とりあえずは前進か? まさか、姫ちゃんと交流してたとかマジですか? それはさより情報得られやすいよな。あの子は姉のさよりを良く思ってないし、俺に好意を持ってくれているしそういうことなんだろう。敵対してしまったかもしれないけど、やはりさよりとは俺なんかの為にいがみ合って欲しくない。
「あゆちゃん、さよりのことは前と同じように、さよちゃんと呼んで接してくれないかな?」
「なぜ?」
「俺のことが無ければ、そこそこ会話してただろ? 友達じゃなくても」
「……キミは関係ない。それに、どうせさよりは私に近づいてくる。それがキミに近づく意味でもあるから」
「そ、そうか。教室でも普段から話をしてないから、それが当たり前っちゃそうなんだろうけど、俺は仲違いになるのは嫌なんだよ。それだけ」
「ん。湊くんが命令するなら従う。キミに嫌われたくないから」
「め、命令?」
「そう。私を支配するというのはそういうこと」
これはアレだ。付き合うって単純なモノじゃないってことが分かる言葉だ。怖くないけど恐ろしい子だったか。それにしても思った以上に、鮫浜の味方は多かった。さよりには味方は社畜の親父さんと俺くらいか? 何だ、やっぱり残念美少女は放っておいたら駄目じゃないか。
「高洲君。お風呂沸かしてくるから、ここで待ってて」
「ふぉっ!? お、お風呂?」
「入るでしょ?」
「あ、ハイ」
「じゃあ、キミは彼女に連絡でもして、安心させるべき」
「あ、あぁ……ごめん」
「落ち着かない様子くらい分かるよ? 敵でもライバルでもあるけど、そこまでじゃない。じゃあ、また」
恐ろしい子だ。俺の考えていることもお分かりですか。お風呂のことは後でどうにかするとして、さよりに連絡をすることにした。それを許された以上は、するべきだろう。
「――! み、湊ね? い、今どこなの?」
「海だ」
「海? あゆと一緒なの?」
「あぁ、まぁ。泳いでもいないけどな。明日には帰るし、そしたら顔くらい見せるからそんなに心配しなくていいぞ」
「ぐすっ……湊。わたしを置いて行かないでね?」
「いや、今日は土曜日だから。普通に帰るし」
「このバカ野郎! バカッ!」
大げさな奴め。いくら鮫浜でも俺を行方不明にするつもりもなかっただろう。浅海もいたし。まぁ、これで後はお風呂が問題だが、嫌な予感はしないから多分平気だろう。何せ肩を舐めたからな……ハハハ。




