76.俺の舌には殺菌成分があったみたいです。
鮫浜が泣いた理由もどうせ不思議な呼びかけとか感動とかが、急に降って来たんだろうなどと思っていた。あんな何てことのない波に話しかける子だ。闇以上に驚くことも無いだろう……なんて俺だけが悟りを開いてしまったと思っていたら、センチメンタルな話でしたごめんなさい。泣いた理由を話しながらこの場でも泣くとか勘弁してください。
「高洲君のモノだなんて言っておきながら、穢されてしまってごめんなさい……」
「え、けが……え、何が?」
「あの日、あの男の手が私の肩を穢した。キミ以外の男に触れさせた罪は、どう足掻いても償いきれない。けど、高洲くんなら私の肩に残された痕を消せるかもしれない。だから、どうか……」
これは何の劇かな? 罪とか穢れとか、鮫浜の肩に手を置いた奴と言えば、あの爽やかすぎるイケメン舟渡のことだよな。そんな舟渡もどこかへ高飛びしたみたいだし、もしかしてそれで俺に謝りながら泣いたってことなのか? 彼氏でもないのにそんなことくらいで泣かれてもむしろ、俺が謝りたい。
「え、えっと、ど、どうすればあゆちゃんを元気に出来るかな? 俺に出来ることがあれば手伝うよ」
「――本当に?」
「い、いえすいえす! えーと、だからここでまた涙を見せるのは反則……じゃなくて、俺があゆちゃんを泣かせているみたいで、こんなところを浅海に見られたら瞬殺されそうですよ?」
「バカだな、俺が湊を傷つけるわけないだろ? 遅いから来てみれば、あゆさん泣かせてなにやってるんだか」
「お、おぉぉ……行こうと思ってたんだよ。そしたら鮫浜が急にまた泣き出すから」
どこかで昼を食べるってことで先にいなくなっていた浅海が何故か近くにいたわけだが、そもそもこの浜辺は俺たち以外いないのかな? まさかのプライベートビーチとか? ホントに鮫浜は何者なんだか。
「湊にしか出来ないことをお願いしてんじゃねえの? だったら、こういう時は男見せろよ」
「え、えっと、鮫浜は俺にどうして欲しいんだ? それをすれば泣き止んでくれるか? それと、穢れとか痕とかそんなので俺は怒らないし、むしろあの時俺が鮫浜を守れなくてごめん……」
涙流して思わず抱きしめたくなったのは内緒だけど、それよりもこの子、服を脱ぎだしたよ? と言っても、オフショルダーだから肩だけを思いきりさらけ出しているだけなんだけど。何をさせるつもりだ。
「高洲君、私の肩に近づいて」
「あ、はい」
「ここをキミの舌で舐めて……」
「ふぁっ!? い、いや、それはさすがにやばいでしょ。俺の舌には消毒出来るほどの成分は含まれてないよ?」
「大丈夫。キミなら私の傷を癒して消してくれるから。だから、ね……?」
ね? じゃない! 俺は動物か! というより、女子の肩を舐めて癒すとかエロすぎるじゃないか。いや、行為そのものにエロを感じてはいけないかもしれないが、相手が浅海なら出来なくもないのか?
「湊はあゆさんを助けられないの? 俺の肩に本当の傷があったら舐めてくれるだろ? それこそ中学の時に転んで膝を擦りむいた時なんかは、「舐めとけば直るから」なんて言ってただろ。それと同じことをすればいいだけだ」
「ちがーーう! 浅海は男でダチで、しかも言っただけで舐めてないぞ? 鮫浜は女子で、しかも目に見える傷じゃなくて心とか病みの問題であって……うむむむむ」
「……いいよ? キミがそれをしてくれないなら、学校でもキミに出会うたびに人前で泣きながら穢されたことを呟くけど、それでもいい?」
脅迫、頂きました。ただでさえ教室の中には、自称の鮫浜親衛隊な奴等が俺を目の敵にしているのに、俺と会うたびにそんなことをされたら、俺もどこかへ高飛びか転校するハメになるじゃないか。そんなのは嫌だー。
俺は動物、そう……人では無くて、人間の女の子に無邪気に飛びついて勢いで顔とか肩とかを、舐めまくる無邪気すぎる動物なんだ。よし、行ける。行ってやろうじゃないか。決して邪な気持ちじゃなくて、彼女の傷と病みな心を少しでも癒すだけの行為ですよ? たかが肩ですよ?
「……あはっ、く、くすぐったい。もっと思いきり舐めていいよ?」
「……」
無心の心を得た。ここで変な擬音を作り出すほど俺は落ちぶれていない。俺は今は人を捨てて家畜になっているのだから。俺の意識は何かの家畜に支配されつつ、煩悩で血が上りすぎて次に気付くまで何をしていたのかすら記憶に無かった。
「あゆさん、湊をからかうのはもういいんじゃないか?」
「からかってない。あの男がしたことを消したかったのは事実。湊くんも後悔しているみたいだから、カタチで示させてあげた。あなたはそれでも私を咎める?」
「や、湊はエロを捨てて人も捨てたっぽいし。あゆさん、彼を追い込むなよ? いくらあなたが……でも」
「病みはそんな簡単に消えない。でも、湊くんならって思った。気が晴れた。私のことを印象付けることが出来たから満足。浅海は帰ってていい。後は私と彼だけで過ごすから」
「おっけ。俺は帰るよ。あゆさんも程々に、湊に優しくしてやって」
「ん、分かった」
しばらくして気付いたときには、浜辺の宿っぽいところに寝ていた。それも鮫浜の膝の上である。久々の膝枕が来ました。さすがに素足の上ではなく、服の生地を感じているけど。
「キスは平気なのに、肩を舐めることが出来ないなんてキミは面白いね」
「平気じゃない。舐めるとか、それも普通はやらないしな。あゆちゃんを救えたっていうならいいけど、こういうお願いはもうやめてくれるか?」
「……どうして?」
「彼女でもないのに、こんなのやらない。彼女だとしてもやらないだろ?」
「キミはやっぱりピュア。思った以上に歯止めが聞きそうにない……出会った時からキミが好き。でも、そう簡単に付き合うことが出来ない。それが私。だから、さよりと付き合うなら付き合ってもいいよ?」
「え? 鮫浜の気持ちは?」
「好きだけど、付き合うのは簡単じゃない。それが答え……」
何やらこれ以上答えたくないようだ。家のことが関係しているっていうのは何となく分かるし、深く関わって来ないでっていうのも分かるけど、それなら俺の気持ちは鮫浜じゃなくてさよりの方に傾くことになるけど、それでもいいのか?
何一つ、鮫浜のことを理解することが出来なかった。彼女が抱えている大きな闇を俺が取り除けることが出来れば、彼女と付き合えるのだろうか。鮫浜にもっと近付いて、好きを継続して、もっと知りたい。




