73.俺の知らない所で何かの戦いが始まっていたようです。
そういや、俺がさよりのことを呼び捨てで呼ぶ分には別に何の違和感もないけど、さっきから鮫浜もさよりと呼び捨てにしているのが気になって仕方がないぞ。確かさよちゃん呼びしていたはずなのに。
「あのー……その前にさよりのことを呼び捨てで呼ぶようになったみたいだけど、仲良しになったの?」
「――そう思う?」
逆ですね、分かります。鮫浜の表情と抑揚のない声で分かってしまったぞ。そうか、そうですか。
※
「さよちゃん。どこへ行くつもり?」
「あゆ? あらっ? あなた、湊と一緒にいたんじゃなかったかしら?」
「質問しているのは私」
「あ……えと、湊のお母様と湊の部屋にいたのだけれど、いなかったからもしかしてあなたの家にいるのではないかと思ったの。だから、あゆの家に行ってみようかなと……」
「私の家に来てどうするつもりだった?」
「み、湊と話がしたくて、だから……」
「自己紹介の時に、私の家には来て欲しくないって言った。言ったよね?」
「そ、そうだけど、何も家の中に入るわけでは――」
「さより。私は約束を破る人間は嫌い。あなたは今から私の敵。ううん、前にあなたが私に言ってきたことを本当のことにするだけ。だからもう話の出来る友達じゃない。湊は私……私のモノだから。それでも彼に近づくなら、敵」
「……え」
「あなたの言う高洲家との将来の約束は白紙。彼の将来はさより一人だけのものじゃない。それでも近付こうものなら、私は容赦しない。分かった?」
「あ、あゆ……そう、そうなのね。あなた、やはり湊のことが好きなのね。悪いけれど、親同士のことに関係なく、わたくしは彼が好きなの。もちろん、あゆの言う通り選ぶのは彼だわ。たとえ、鮫浜を相手にしてでも、わたくしは湊をわたくしだけの人にしてみせるわ! ふふん、今のうちに湊と仲良くしておくことね」
「――本当に?」
「当然ね」
※
「そんな感じ」
えええええ? それって、マジもんの戦いじゃないですか。ということは、今までさよりの奴は俺と鮫浜のことには気づいていなかったということか。気付いていたらもっと大胆になっていたかもしれないが、つい最近まで触れただけで妊娠が~とか言ってた奴だから、やはり気付かなかっただろう。体育祭の後といい、バイトでの出来事といい……正式にライバルになったわけか。
それにしてもちょくちょく出てくる鮫浜の力とかって何だろうな。真面目に実は有名な格闘美少女だったりしたら、何も逆らってはいけないじゃないか。約束もすぐに破ってしまったし、葬られるのか?
「さ、私の部屋に戻ろ? もちろん目隠しをして」
「ハイ……」
ということで、まずは鮫浜の部屋に戻るようだ。そこからどこかへ高飛びでもするおつもりがあるというのだろうか。成り行きを見守るしか俺には出来ない。逆らう気も無いが、逆らっても消されるだけだろう。
「湊くん、お帰り」
「た、タダイマー」
そうか、俺のモノは俺のもの。お前のモノも俺のモノですか。俺も鮫浜の所有物ですか、そうですか。
「ねえ、約束を覚えている?」
「えっ? えーと……」
全くもって覚えてない。何かしただろうか。幼馴染でもなければ、小さい頃に実は会ったことがあるわけでもないぞ。それとも夢の中で約束でもしたかな? ここはアレだ。当てずっぽうで当てて見せよう。
「う、海かな?」
「……うん。やっぱり、君は私が見込んだ人。約束を破らない子だね」
「お、おぉぉ……それはそれは(そうか海ですか! さよりと屋内プールの件だな。思い出したぞ)」
「海に行く前にご褒美をあげるね?」
「よ、喜んで」
元来、ご褒美とはオラ、ワクワクすっぞ! 的な思いになるはずなのに、何で恐れ多いのだろうな。鮫浜の言葉一つ一つに、緊張が全力疾走しているんだが……海に行く前に疲れ果ててしまいそうになるぞ。
「これ、食べる?」
「ふぉっ? 何だ、飴ちゃんか。それなら遠慮なく頂くよ」
ふっ、何をビビっているんだ俺は。何の変哲も無い飴ちゃんじゃないか。鮫浜だって闇天使だとしても、悪じゃないわけだし、毒物とかそんなもんはくれないだろう。俺を好きだって言うなら。
「あーん、して?」
「おぉ、喜んで! あ~ん……」
「クスッ……いい子だね。そのまま口を開けたままにしてね?」
「いいですとも!」
いいわけがなかった。鮫浜だよ? 油断するなって俺の身体はずっと警告音を鳴らしていたよ? 鮫浜が手にした一粒の大きな飴ちゃんは、確かに甘くフルーティーな美味しさがあった。それは良かったのだが、同時に鮫浜の指も口の中に入って来たではありませんか。俺の口は無意識に閉じてしまったわけだが、そこから彼女は指を口から出そうとせずに、飴ちゃんと一緒の動きをしているんですけど、どういうこと?
「あにょー……あゆひゃん?」
「そのまま舌で飴と指を舐め続けて」
「ひゃ、ひゃい」
おいおい、どんなプレイなのこれ。この場合、俺がわいせつ罪になるんじゃ? 鮫浜の人差し指が舌に乗っかって、飴ちゃんの美味しさがまるで分からないんですけど。
「もうすぐ、分かるよ……ふふっ」
鮫浜の言葉通り、飴ちゃんが溶け出すと同時に俺は急に眠気を感じ出した。口の中の指をどうすることも出来ないまま、眠気に抗うことも敵わないまま横になってしまった。指の味は分からなかったのが悔やまれるが、知ってはいけない味かもしれない、そう思いながら暗転した。




