72.意外過ぎる訪問者? ③
鮫浜の部屋は記憶ではまだ二度目の訪問である。前回は目隠しをされた状態で玄関から案内されたのだが、今回は俺の部屋の窓から鮫浜の窓下にあるベッドにダイブしてしまった。これはもしやそのままやばいことになるのか? しかし俺がベッドに押し倒されていて、鮫浜が俺の真上にいるわけだが、マウントポジションを取られたよ? もしや美しすぎる格闘家という異名でもあるのかな。
「あゆちゃん、あの……」
「しっ……!」
「ふごっ!」
窒息させるおつもりが? 小さな可愛い手が俺の口を塞いでいるよ? そう思っていたら、俺の部屋から母さんとさよりの声が聞こえてくるではないですか。マジで来たのか。しかも簡単に部屋に入れてるとかそれはどうなんだ。
「あら? おかしいわね。さっきまで下にいたのに……それも鮫浜さんと」
「あゆが来ていたのですか? そ、そうなのですね。彼女はどうして?」
「約束でもしていたのではないかしらね? さよりさんこそ湊と何か……」
「い、いえ、きっと日を間違えてしまったのね。お母様、わたくしは失礼して帰ります。湊が戻ってきたら、わたくしが来たことをお伝えいただけたら幸いに思いますわ」
さよりの奴、何しに来たんだ? もしや期末対策のことで迎えに来たとかか? まだテストまでかなり期間があるのに今から勉強とかそれは無理ゲーだぞ。しかし鮫浜の名前を出したらあっさりと帰ったな。鮫浜のことは敵だとかライバルだとか言っていたくせに、休戦でもしているのか大人しく引き上げて行った。
「……あ、あゆっ……ぐっ――」
「湊くん、どうしてまだ苦しそうにしているの? すでに手を離しているのに……」
「あれっ?」
オゥ……思い込みってこんなに恥ずかしいんだな。ずっと鮫浜の手が俺の口を塞いでいると思って、窒息しかけたぞ。
「湊くんはここで大人しく待っていてくれる? 私、さよりに伝えてくるから」
「へっ? さよりに? いや、ちょっとそれは危険な気が……」
「ふふふっ、いい子にしててね」
また俺を弟扱いしたかのように、優しい微笑みと頭なでなでを頂いたよ。そんなことをされたら、何も言えんじゃないか。そして何かいい香りがしすぎていて鮫浜のベッドなのに眠くなりそうだぞ。
さすがに眠りはしないし、眠ったらとてつもなく恐ろしい展開になりそうだから耐えた。ここで大人しくと言われたが、さすがに母さんには適当に理由を言っておく必要があるので、窓からすぐに戻ることにした。それにどこかに行くとすれば玄関から靴を持って来ないときついはずだ。
「あら? 湊? あんたいたの? あの子はどこに……」
「はぁはぁはぁ……ご、ごめん、えーと、泣いたと思ったら今度は怒りだして帰ってしまったんだ。俺は急いで追いかけたんだけど、追い付かなくて。だから、玄関を開けっ放しにしてるかもだから、閉めてくる」
「そ、そうなのね。泣かすのもどうかと思うけど、逃げられるなんてやっぱり残念な息子なのね」
何か知らんが、俺のことを残念と言うようになったんだが、さよりの影響か? それともさよりに言い続けてきた何かしらのツケが俺に回って来たのか。ともあれ、適当過ぎる理由で玄関に行くことが出来る。後は、さらに適当な理由を言って出かけることにすればバッチリだろう。
しかし玄関に降りると、俺の靴は無くてもちろん扉も開けっ放しではない。どういうこと? もしかしなくてもすでに鮫浜が俺の靴を隠し持っていたんじゃないだろうな。だとしたら俺の苦労は一体……。
「湊。わたしは出かけるから戸締りしてね。もし出かけるにしても、きちんと玄関は閉めなさいよ?」
「いってらっしゃーい!」
なんとベストなタイミングではないか。さすが俺と違って休日に家にジッと出来ない母さんである。こうなると、急いで鮫浜の部屋に戻らないとやばい気がする。さよりと話をしてくるとか言ってたから、まだ戻っていないことを願うだけだ。
「――湊くん、おかえり」
「ひぃっ! あ、あゆちゃん……た、だいま」
「約束、破ったね?」
「ハ、ハイ……あの、俺の靴を取りに行ったのと、母さんには伝えようかと思いまして……」
「すでに私が持って来てあげてるし、お母様にも伝えてるのに。どうして言うことを聞けないの?」
母さんに伝えてある……だと? ってことは、もしや今出かけて行ったのがそうだったのか? 別人格じゃなくて、二人目とか三人目とかいるわけじゃないよな。
「あっ……と、さよりには何て話を?」
「聞きたい?」
「す、すごく……はい」
「責任……取れる?」
責任取られまくりなんですが、さよりも鮫浜も母親も、俺に何個くらいの責任を求めてくるのですかい?
「と、取りますとも!」
「さよりには――」




