69.意外過ぎる訪問者? ①
ようやく土曜日になろうとしている。平日はバイト三昧でしかも、同じホールの浮間がどこか旅行に行ってしまったおかげで、ホールは俺としずの二人とで回している。このことを岬先輩に訴えてみたら、どうやら代わりの美少女を入れてくれるということを聞かされた。別に美少女じゃなくてもいいのでは? と思ってしまったのだが、それには何と言ってもさよりの前例があったからだ。
また店が閉店してバイトが駄目になったら、もうバイトをやろうとは思わなくなるだろう。美少女イコールさよりというのが俺の頭の中にはインプットされている。正直勘弁してほしい所だが、さよりではないということを教えられて安心した。さより以外ならもう誰でもいい。むしろ見知らぬ美少女なら誰でも来て欲しい。
「高洲くん、おつー! また来週よろしくね。そんで、期待してていいよ」
「お疲れっす。期待しときます」
岬先輩に挨拶をして、店を出ると姉御タイプのしずが俺を待ち構えていた。何かを言いたげなのか、普段の強気な態度ではなく、普通に大人しい女子のようになっていた。
「あ、あのさ……あんた、携帯で誰かと連絡してる?」
「いや、特には」
「じゃ、じゃあせめて携帯……見せてくれないか?」
「ほれ、これだけど……」
カバンの奥深くに入れておいた携帯をゴソゴソと取り出して見せると、素早く奪われてしまった。そして何やら勝手に打ち込まれてしまったらしい。実を言うと俺自身知識は豊富なのだが、機械音痴なせいで自分の持っている携帯をまともに使いこなせていない。
だからなのだが、アンノウンさん略してアンさん……いや、鮫浜がどうやって俺のアドレスや、番号を知ったのかさっぱり不明なままだ。さよりの家に行って以来は、特に連絡は無くなったのだが、いとこでもあるしずなら知っているかもしれない。
「な、なぁ、鮫浜の連絡先を知っているか?」
「んん? あゆの?」
「いとこなんだろ? 知ってたら鮫浜の連絡先も登録しといてくれないか?」
「……悪ぃけど、あたしも知らない」
「そ、そうか」
「あゆじゃなくて、あたしとメッセージして欲しいんだよな。メールは面倒だし、ショートでいいからさ。ってことで、お疲れー」
「お、おいっ」
好き勝手に登録したと思ったら、さっさと帰ってしまった。しずは鮫浜とさよりが来た日から、少しだけ大人しくなっていた。ホールが二人だけになったにも関わらず、ちょっかいも出して来なくなった。仕事自体は真面目にこなしているし、文句も言わない。と言うことは、さよりだけが相性最悪だったということだろう。
しずとほたるの二人は、すでに転校を済ませてあるわけだが、B組のしずは隣のクラスで近いのに、俺がいるクラスには顔を見せることが無い。あれだけ絡んで来た豪快な女子が、あまり話しかけて来なくなったから驚きだ。もしかしたら実は恥ずかしがり屋さんで、さよりがいる時だけは強気な態度になっていたかもしれない。初めて出会ったプールの時もそうだった。
そういうことなら、俺もせめて文字だけでも優しくやり取りをしてあげようじゃないか。そんなことを思いながら、使いこなせない携帯を再びしまおうとしたら、途端に震え出して自己主張を始めた。
「うおっ!?」
画面を見ると、久々のfromアンさん……鮫浜からだった。あくまで、受信のみであり俺からは送ることすら出来ないが、メッセージにはこう書かれていた。
「会いたくなった?」
おっと? 心でも読まれたかな。まぁ、外れではないのだが。それというのも、さよりと距離も関係も近くなりつつあるが、鮫浜は教室にいても全く話をしなくなった。元々鮫浜から話しかけてこない限りは、俺から話しかけることを避けていたわけだが、何もして来なくなったし家でも不法侵入をして来なくなったので、何となく俺は嫌われてしまったのかと思い始めていた。
その根拠は、あの爽やかすぎるイケメン舟渡に肩を置かせておきながら、俺は何も言えなかったことにある。何も言えなかったのに、天使の微笑みとお礼を言われてしまったのは、俺の中では悔しさがあった。優しくキスまでされて、俺は何も言えなかった。それなのにさよりとはいい感じになって来ているのが、何とも言えない。
「行くね」
へ? どこに? なんて携帯に話しかけても返信は出来ない。このたった二言だけを受信したわけだが、全くもって意味不明である。何となくの寂しさを感じながら、結局どうすることも出来ないまま家に帰ってしまった。
さよりを好きになりつつあるのに、なのに、鮫浜に会いたくなるなんて何でなんだろうな。何だかんだで鮫浜と話すのも楽しいってことなのかもしれない。
「ただいま」
「湊? どうしたの? さよりさんと喧嘩でもしたの?」
「してないし、会ってない。てか、何でさよりだけなんだか……」
「ご飯だけど、食べないの?」
「寝る。おやすー」
「疲れたのね。お休み、明日休みだからって寝過ぎは駄目よ?」
「努力する」
休みの土曜日。とにかく寝まくろう。そしたら何かのやる気が起きるかもしれない。そう思って、そのまま布団にダイブした。目を閉じる直前に、携帯の点滅ライトが見えた気がしたけど、眠りに落ちた。




