63.某お嬢様の日常すぎる日常 SS②
「それであなたは、ど、どんな男が好みなのかしら?」
「入り込める隙がある人間」
「わ、分からないわ。難しいのね……わたくしは、夢中にさせてくれる男がいいわ」
「さよちゃんはどうしてそんな話し方をするの?」
「何のことかしら? わたくしはこれが基本よ。話し方に種類などあるのかしらね」
「ふぅん……ところで、あの店員の制服姿は中々いいと思うけど、さよちゃんは?」
「はわぁぁ……」
「――ん、理解」
あゆは変な子だということを理解したわ。制服姿って何かしらね。それよりもあの逞しい背中は、惚れ惚れしてしまうわ。きっと正面を向いても、あの人はわたくしを虜にしてしまうに決まっているわ。
「ち……がっかりだわ」
イケメンなんてお父様の会社に連れられた時から、腐るほど見てきたから今さらどうでもいいけれど、もっとこう……背中に見合った姿勢で歩けないものかしらね。何なのかしら、背中は最高なのにどうしてこんなにもがっかりした気分になってしまうのかしら。この男に言ってやりたいし、正してあげたいわ。あなたはきちんとすれば、わたくしをも夢中にさせることが出来るって言ってやりたい! たかが店員ごときにわたくしの崇高な助言を差し上げるのもバカバカしいから言ってあげないけれど。
あゆの両親の姿をいまいち見ることが出来なかったのだけれど、親同士の関係にわたくしは関係を持ちたくないわ。それでも鮫浜の力は気に入らないけれど。そうは言ってもあゆは真ん中の家をまたいでの隣近所。ある程度仲良くしておく必要があるわ。あゆは変わっているけれど、嫌いではないわ。だからあゆと二人で、得体のしれない真ん中の家に、引っ越しの挨拶に行くことを提案することにした。
「ねえ、あゆ。よければ二人でここの不明な家の方に挨拶をしましょ?」
「不明?」
「だって、わたくしたちの家を離すように間に建っているのよ? ここに住んでいる人間は得体の知れない人間に違いないわ」
「クスッ……そうだね。一緒に行こうか」
何故笑われたのか分からないけれど、どうせあゆのことだから何か変な所で笑いたかったに違いないわ。本当は隣に同い年の男の子が住んでいることをお父様から聞いているし、将来の旦那さまになるかもしれないことを知っているのだけれど、あゆに教える必要はないわ。そうして、あゆと二人で呼び鈴を押そうとした時だった。まさか彼がそうなの?
「あ、あなた! 背中の!」
「はぁ? 何だ、さっきの暴力女か。何だよ? 追いかけて来たのか?」
「そんなわけないでしょう? あなたこそ、わたくしたちが可愛すぎるからってわざわざ家まで調べ上げたのかしら? なんて恐ろしいのかしらね」
まさか、まさか……背中のイケメンがわたくしの家の隣なの? こうなればわたくしの手で姿勢を正してあげなければいけないわね。そうすれば彼は変わる気がするもの。
「高洲湊。東上学園だ。お前は?」
お前だなんて失礼な男ね。名前で呼んで欲しい……特別に名前で呼ばせないとダメだわ。わたしも湊って呼んであげないと不公平すぎるもの。
「ふふん、湊! あなたはわたくしを学園まで連れて行く義務があるわ! しばらくあなたの背中について行くから覚悟するといいわ!」
「勝手にしろ」
ネクタイが曲がっているし、一番上のボタンどころか二段目まで外しているじゃない。駄目よ、こんなの。仕方ないわ、わたしが直してあげないと。
「あなたには立派な背中があるのだから、直立不動の姿勢で歩く義務があるわ。さぁ、先にお歩きなさい」




