50.デレは永遠ではないようで残念です。
何故俺は彼氏でもないのに、他称で女友達の下着のお片付けをしているのだろうか。本人が見ている前で、ご丁寧にもシワまで伸ばして優しい手つきで、ご立派過ぎるタンスの引き出しにしまってますよ。
「あ、ありがと。ごめんね」
「ま、まぁ、こんなことをすること自体が無いからな。いいよ」
「嬉しい?」
「え? さよりの下着に触れていることがか?」
「う、うん。湊が触っている下着を着けることになるのかなって思えたら嬉しくなったの」
なるほど。デレの完全体になってしまったんだな。しかし残念ながら、俺は下着なんぞに性的興奮を感じる人間じゃない。たとえ本人がこれを着けるであろうと想像したとしてもだ。それに、今のさよりは確かに予想外の可愛さが溢れちゃっているが、どちらかというと俺は、ゾクゾクするような色気のある女子が好みだ。こういうことを思っていると俺の携帯が自己主張をしそうだけど、今はサイレント中だ。問題ない。それにしても下着ありすぎなんじゃないのか? 男と女子では違うのかもしれないけど、特にブラジャーがおかしいくらいある。しかも気づいたことに、サイズが全て違うのだ。これはどういうことなのだろうか。ちなみにさよりのお部屋は、可もなく不可もなく。ベッドがあり、机があり、照明もLEDで優しい。しかし、そんな洋室に由緒あるタンスがドーン。ほぼ下着オンリータンスだったようだ。
「な、なぁ、ちょっと聞いていいか?」
「う、うんっ」
「その……どうしてこんなに違うサイズのブラジャーが山のようにあるんだ?」
「だ、だって……」
「んん?」
さよりは自分の胸をじっと見つめながら、照れくさそうに俺と下着を交互に見ている。うん、さっぱり分からないな。
「成長中なの……。だ、だから、その日が来ても困らないように買っておいているの」
「つまり成長するであろうを見越して、B以上のモノばかり買っておいている……と?」
「う、うん」
「そうか、それは何とも残念な期待をかけているんだな。安心していい! それは残念だけど、一年や二年くらいでは着ける可能性は無いに等しいと思うぞ。だからこの下着は姫ちゃんにプレゼントを――ど、どうした?」
「わたしには成長の見込みがないと……そう言うの?」
「うん、残念だけどな」
「……」
これは俺がかつてやったアレに似ている。ハマりすぎていた欲しいアニメの中身なしボックスだけを買っておき、単品ソフトだけ買い揃えておくというアレに。恐らくさよりも先行投資型なのだろう。買っておけば安心するし、それさえあれば、いつか必ず全て手に入ると信じて手元に置いておくという行為だ。しかしこれには欠点がある。自分で分かってしまうのだ。全てが揃う前に、それだけは手に入らない現実を自分で悟ってしまう。さよりは下着……オムネさんに着けるブラジャーに、何かを期待して買い置きをしているということなのだろう。だが現実は優しくない。言いたかないが、鮫浜のオムネの弾力を感じてしまった以上、それをさよりにも期待できるかというと、出来ないにポイントを入れてもいい。だからこそかえって優しい言葉は酷になる。
「湊はわたしに期待しないと……?」
「オムネさんに関してはそうだな。果てしない地平線を彷徨ったのだから間違いない」
「バ……」
「ば?」
「バカ野郎! バカッ! 湊なんて、胸の谷間に顔を埋めて窒息すればいいんだわ! せ、せっかく努力してるってことを見せたくてお部屋に入れたのに……どうして湊はそんなに残念な野郎なの?」
「お前、自分で残念とか言って平気か?」
「あぁ、やはりあなたってば、デリカシーの欠片も持ち合わせていないくらいの大バカ野郎だったのね。わたくしがあなたのことを残念と言ったところでどうなるというのかしら? あなたのその意味は、ハリネズミが自分のハリに刺さるのは平気か? と言っているようなものだわ。何故わたくし自身の言葉で自分をキレさせるというのかしらね。あなたの方こそ残念なおバカさんね。あぁ、嫌だわ。あなたごときにこんなにも胸をドキドキさせて、緊張の渦に巻き込まれたりしてわたくしだけがバカを見たわ」
な、なんだ? 何でそこまでキレたんだ? 言ってはいけないことでも言ってしまったのか? それともやはり残念という言葉を耐えてきた心の耐久度が崩れてしまったのか? いくらデレていても調子に乗りすぎてしまったか。
「どうしてそんなにデリカシーが欠如しているの? 湊には乙女心を理解する気持ちがまるで見えないのだけれど、友達として言わせていただくわ。わ、わたくしや、あゆ……他の女でも何でもいいのだけれど、彼女として付き合いたいのであれば、まずはそこを直すのが先だわ。わたしは湊が好きよ? 好きだけれど、あまりにあなたには足りなさすぎる所がありまくりだわ。それが分からないようでは一生、彼女なんて出来ないわ」
「いや、俺は……そんなひどいこと言った覚えは」
「そこが足りないって言っているのだけれど? 分からないのかしら? 所詮、下等すぎる下々の輩は上級な身分のわたくしには見合わなかったということなのかしらね。
キレてはいるが、初期の頃の暴力性はほぼ無くなっているみたいだな。素の言葉も気を許した時だけのようだし。だけど、本当に何を言って欲しかったのだろうか。Aではなく、B以上のサイズのブラを揃えていることに対してだと思われるが、正直に言い過ぎたのか?
「それでも俺を部屋から追い出さないんだな」
「分かっているくせに、そんなことを言うのね。湊には責任を取ってもらう。そう言ったわ。彼女になんてなりたくないけれど、責任は取れるのですもの。どんなにおバカなあなたでも、その言葉の意味くらいはお分かりかしら?」
「……それはさすがにな」
分かるけど、許嫁とかでもないのにそんなアホな。ただの友達から、そっちへグレードアップしたのか。それにしても、さよりのデレは可愛かった。それだけに俺の何気ない一言で、あっさりと終わってしまったことは俺自身が残念過ぎる。姫ちゃんにも怒られたわけだし、気を付けて行かないとダメそうだ。やはり関わる女子が少なすぎるのも問題かもしれない。さよりと鮫浜と姫ちゃんしか話せていない。となれば、今度転校してくる女子と、バイト先の女子にも積極的に話しかけて俺のコミュニケーション能力を上げて行かないと、さよりのデレはお目にかかれないどころか、彼女になんてなってくれないかもしれない。頑張ろう、俺。
「さより、ごめん。俺は頑張る。だから――」
「わ、分かるまでお預けだからね? 勘違いしないでね? 湊のことは嫌いじゃないの……それでも、そこを直していただかないと、許してなんかしてあげないんだからね」
「あ、あぁ」
「じゃ、じゃあ……湊の右手を貸して」
「んんん?」
「――んっ……」
とまぁ、何故か分からんけど、鮫浜と似たことをさよりもしてきた。もっとも、比較できないけど。ペタっとさよりのオムネさんに俺の手がつけられた。鮫浜もそうだったが、何かを確かめる儀式的なものなのかと勘繰ってしまうのだが、彼女たちの心の中で何かに誓いでも立てているのかもしれない。
「裏切っては駄目よ? 湊はわたしの運命なの」
「ワカッタ(何が?)」
「あの子に取られるわけには行かないの……」
「ウン(誰に?)」
「湊、また学校で。教室でもお話しましょ? ね?」
「お、おぉ、分かった。昼も誘うけど、いいんだろ?」
「――待っているわ」
土日は複数話更新します。




