48.デレなSと、心の隙間がないS。
人って変われるんだな……というより、変わりすぎではないだろうか。あれだけ俺に対してだけ敵対心を高めまくってた残念過ぎる美少女が、怒りで我を忘れた……ではなく、怒ることを忘れた可愛いお嬢ちゃんになるとは誰が想像しただろうか。俺の声には全くの無反応だったのに、いつから俺を意識しだしていたのやら。
「な、なあ俺を部屋に招待してくれるのはいいけど、何があるんだ?」
「わたしの部屋に湊がいてくれるだけでいいの。駄目……かな?」
「いいですとも!」
今までは、さよりイコール俺には罵りの言葉が普通だった。だけど今は、それが消滅するくらい可愛すぎて何を言っても「いいよ」としか言えない身体になりつつある。それでもコイツとはただの友達だ。俺の気持ちはどうしたいのやら……さよりの変化にも驚いているし、だとしても鮫浜をあのまま放っておくなんてことは出来ないし。さよりを彼女と認めてしまえば、俺の前から、いや……学園から姿を消しそうで怖い。それは俺も望んではいない。
そんなことを心の中の俺と格闘しまくっていたら、さよりの部屋の前まで来ていた。とうとう部屋に入る時が来たのか。見た目通りの清楚すぎるお嬢様ルームなのだろうか? それともかつての俺のようにアニメの世界へようこそ部屋と化しているのか。どちらでももはや拒むことは無い。それくらいコイツに興味津々だ。
「じゃあ、入るぞ?」
「そ、そうね。って、あ……! み、湊……少々お待ちいただいてもよろしいかしら?」
「うん? どうした?」
「へ、部屋をクリーンにしたいの」
「ん? あぁ、いいよ。俺はここで待ってるから。好きなだけ掃除しまくっていい」
「あ、ありがと」
この間はさすがに手持ち無沙汰であり、人の家の、それもさよりの部屋の前でどう待てばいいのかと考えてしまう。さよりの部屋は俺や鮫浜の部屋と違って、一階部分の突き当たり……一番奥にあった。二階は恐らく両親の部屋なのだろうと想像できる。結局のところ、姫ちゃんの部屋は入ることが出来なかった。というより、彼女はすねているようにも思えた。池谷家に来たのは、姫ちゃんに会いに来たわけではなく、さよりに手を引かれた状態で来た。どうやらそれが気に入らなかったらしい。姉妹であっても、元々姫ちゃんは姉であるさよりとは距離を取りたがっていた。それだけに、説教部屋に入れてまで訴えたいモノがあったのだろう。
それにしてもまだかな? そう思っていると、俺の身体がぶるぶると震え出した。もちろん、変な病気などではない。制服の胸ポケットに入れっぱなしの携帯のバイブが、半端ない強さで自己主張しているだけだ。決してスマートな電話ではないが、たまに刺激を与えてくれる優れものでもある。それはともかく、画面をちらっと見て、予想通りの……いや、もしや俺の携帯にすら彼女はすでに取り憑いている? という表現は怖すぎるのでやめておくが、差出人不明のショートメールがさっきから届きまくりということに気づく。
いわゆるUnknown表示のアンさんということにしているのだが、この正体は間違いなく彼女だろう。何故なら、リアルタイムなメッセージが届いて来ているからだ。
「お兄ちゃんと呼ばれたいのなら、いつでも呼んであげる」とか、「部屋に入ったら、押し倒して熱い口づけを施してキミの声で侵食してしまう?」なんてピンポイントすぎる言葉が送られてきている。メールでもメッセージでもいいのだが、それですぐに分かってしまうなんて恐怖でしかない。俺の声で侵食って、そりゃあないだろさすがに。ひっきりなしではないが、視られている感がありまくりなのでバイブ機能をサイレントに変えた。バイブすら武器となるメッセージには、さすがに自然と身震いをしてしまった。それにしても未だにさよりから声がかからない。気になって、ドアの前に耳を近づけて中の様子を窺うことにした。
「ど、どどどどど……どうしよ、どうしよ」
どうやら部屋の片づけ以前に、さよりの心は全然整理できていないようだ。その姿を想像するだけで俺も思わず、にやついてしまうのだが。声が聞こえなくなったと思ったら、一体何の引っ越し作業ですかと言いたくなるくらいの、大きな物音が聞こえてくる。
「ドタンバタン……バサバサッ! バタバタバタ――ひゃああああああ!」
間違いない。大量の本が倒れてドミノのように連鎖して、整えていた巻数がバラバラに崩れているんだな。ということはアニメなお部屋ではなく、漫画本のお部屋で間違いなさそうだ。これはもう強制的に部屋の中へ入って、代行的に整理整頓をしてあげた方がよさそうだ。なんて思っていたら、中から悲鳴が聞こえてきたではないか。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ……!」
つくづく俺は学習していない。さよりの悲鳴は普通女子のソレではないことに何故気づかないのか。なんてことを入った直後まで気づくことが無かった。
「ど、どうしたっ! さよ――」
「ふぇっ? み、みみみみ……湊? み、見ては駄目なの」
「えっ? ど、どうしてそんな状況になったんだ……俺はてっきり、本の山の雪崩が起きたものばかりと……それなのに、まさかお前の下着コレクションの雪崩だなんて誰も分からんし、悲鳴を上げるとか思わないことだぞ?」
「あぅぅ……」
くっ、本の山の雪崩だったら拾って片付けて救うことが出来たのに、どうして下着の山なの? 下着に変な感情は起きないが、だとしても何の動揺もしないかというとそんなはずはなく、さよりも思わず俺を見つめながら石化しちゃっているじゃないか。どうすればいいんだ? 何の気も起こさずに丁寧にたたんで引き出しにしまってあげればいいのかな? そ、そうだな、そうしよう。下着に想いなどありはしないのだ。
「あ、ありがと……」
「ど、どういたしまして?」




