37.俺のベッドに何かいるが、また来たのかS?
さよりに誘われるがままにプールに行ったものの、結局泳がずじまいだった。俺はというと、さよりに見惚れたくらいか。だからといって、そこからさよりに対して好きとかそんな気持ちになったわけではなかった。それでも、帰り道のさよりのわがままと、いじらしさには少しだけドキっとさせられたのは内緒だ。
「ねえ湊、わたし歩けない」
「はぁ? お嬢様だからお付きの人を呼ぶとかか? それとも車でも手配するのか?」
「ち、違うもん。本当に足が痛くて……だから、湊の背中に乗りたいだけで」
「背中に乗る? あー、おんぶのことを言ってるのか。でも俺に触れただけで子供が~とか言うんだろ?」
「い、言わない。だからおんぶして欲しいの。わたし、湊の背中に触れていたら安心できるから」
ああ、くそう。普段は強気にしてるのに、何で弱々しく見せているだけで可愛いと思えるのか。あざと可愛すぎるだろ。素直にしてれば、さよりの方が親しみやすいし他の男も放っておかないだろうに。
「分かったよ。ほれ、乗れ」
俺と大して身長が変わらない奴をおんぶとか、相当おんぶの高さを上げないと足が地面に付きそうだな。
「……っしょっと。てか、軽いな本当に。もっと肉を食え。そうすれば俺の理想に近づくかもしれないぞ」
「本当に? ほんとにホント?」
「い、いや、それは奇跡に近いかもだけど。でも、別に俺はお前が嫌いじゃない。ただ一つ、いや……二つ? 違うな三つか? それらが良くなれば、さよりとはもっと一緒にいたいって思えるかもな」
まさに一つ目の残念な感触を味わっているわけだが。背中に当たっているはずのオムネさんが無い。とはいえ、何かの香りを付けているのか密着したさよりからは、何ともくすぐったさを感じさせる香りがする。
「家までか?」
「う、うん。駄目……?」
「いや、どうせ隣だし。でも電車の中は降りろよ?」
「うん」
そんな感じで電車に乗った時には肩を貸してやり、駅に着いたらまたおんぶをしてやった。さよりの家の玄関までずっとおんぶをしてやったが、疲れることがないくらい軽かったし意外にも大人しかった。
「さより、着いたぞ」
「……んっ――湊、好き……」
「えっ? 何だ寝言か? ってか、寝てたのかよ。それは大人しいはずだな」
「んんん……あれ? つ、着いたのね?」
「さより、さすがに家の前でおんぶしたままは色々まずい。早く降りてくれ」
「ご、ごめんなさい。あ、ありがとう湊。あの――」
「ん? どうした? まだ何かあるの……ふぉっ?」
「――チュ……」
「お、お前、何してんの? 何で」
「こ、これくらいしかお礼出来ないの。だ、だから、あの……あなたも早く家に帰ることね。じゃ、じゃあ」
されたかされなかったくらいのミクロタッチなキスを頬にされたようだ。お礼? おんぶのお礼か。というか、あんな女の子っぽいさよりは初めてかもしれない。初めの頃より可愛い感じが見えてきたかもしれないな。しかし教室とかでは周りと壁を作りまくりだし、さらに敵も増やしそうだしどうにかならないものなのだろうか。さよりが家の中に入ってしまったので、俺もすぐ隣の自分の家に入ることにした。
おんぶしたこと自体は疲れては無かったものの、初対面の人に会ったりでそれなりに疲れが溜まってしまった。変な緊張感もあったし、泳いではいないけど遊びに行ったことには変わりない。夕方に帰ってくるってのは、バイトをしていた時と違ってあまり無かっただけに一層の疲れがあった。バイトももうすぐ再開されることも決まっているし、少しは体力を戻してやらなければいけないと思ったが、晩飯を食べる気力もなくてすぐに、ベッドに倒れこんだ。やはり平日の午後は疲れる。
「んーむむむ? ってか、鮫浜! 鮫浜だろ? また不法侵入した上にすでに布団の中に潜り込んでいるとか、少しはそういうことに躊躇を……って、え? だ、誰?」
「へぇ? やっぱり。あゆはいつも湊くんの部屋に入って来るわけか。そんだけ近い関係ってことか。窓の距離もロープとか梯子いらずって、出来すぎなんじゃね?」
「き、キミはプールの時の、磯貝……さん?」
「しずって呼べって言ったぞ? そういうキミは湊くんだろ。てかさ、あの偽お嬢様と今まで何してたわけ? あたしなんて、ずっと布団の中でキミを待ってたって言うのにさ。ひどくない?」
「偽って、そんなことないと思うが。あゆ……? 君は鮫浜を知ってるみたいだけど、どういう?」
「あぁ、それなら本人が教えてくれるよ」
こういうことを言うということは、鮫浜の部屋から入って来たのは間違いないだろう。そして出し抜いた形で、俺の部屋に先に侵入してきたのだろうな。もしや姉妹? でも名字が違うしな。
「……湊から離れて、しず」
「あ、あゆじゃん。お先に湊くんの部屋に入らせてもらってた。遅かったじゃん?」
「油断。少し部屋を離れた隙に、湊の部屋に入るとか思わなかった。湊、ごめんなさい」
「えっ、あ、いや……というか、彼女はあゆちゃんの?」
「へー? 二人きりの時はあゆちゃんか。あたしもそう呼んでもらうかな? あたしは、あゆのいとこ。これからよろしく! 湊くん……や、あたしも呼び捨てじゃないとフェアじゃないな。湊でいいや」
「早く湊の部屋から出て行って。ここはしずが入っていい部屋じゃない」
いやいや、あゆもだろ。不法侵入何度目だよ。今でも私の部屋は私の部屋とでも思ってるのか?
「嫌だと言ったら?」
「……転校させなくする」
「あー、それは困るし。手続きまで済ませてるのにそれはキツイわ。仕方ないな、今日は大人しく帰る。ってことだから、湊。また会おうな」
「あ、あぁ」
だから玄関から帰れと……靴問題があるのか。親にも見られるし厄介だな。真隣すぎる問題かよ。
「……湊、再会の口づけは?」
「するわけないだろ。ただの友達だぞ?」
「それじゃあ、別れ際の頬にキスはいいの?」
「おま――」
「知らないとでも? 言った。私は言ったよ? いつも湊を見ているって」
ひっ……。鮫浜は至る所にある俺用の監視カメラですか? さよりとのことも全て見られていたのかよ。どこまで俺のものは俺のモノ気質なの? これがあるから油断できないんだよな。それでも、しずとは仲が悪そうだし、追い出してくれた? のはマシなのか? 何とも言えない恐怖感と安心感があるな。
「今度は私ともプール……ううん、海へ行く。行くよね?」
「あ、ハイ」




