342.華麗なる令嬢と庶民 ③
あゆに本気を出すと言って俺をけしかけた浅海だったが、あゆの態度を見ている限り、変わっていないように見える。
「高洲くん、疑っているのかな?」
「……そうじゃないけど、俺はさよりの近くにいてやらないと駄目っていうか」
「本気なんだ?」
「本気……うん、俺が好きなのはさよりなんだ。だから鮫浜のことは――」
「そう、分かった。それじゃあ、最後にキスしてくれたら諦めてあげる」
「キ、キス!? だから、それは無理だって……」
「駄目。してくれないと、どこまででも高洲くんを諦めない」
本物の闇天使……いや、ヤンデレだったな。
「し、しかし、ここは令嬢だらけの公の場で、黒服さんもちらほらといるわけだし……アレは鮫浜のだよね?」
「私は高洲湊くんを初めてみた時から、全て知っているよ? 身長も体重もお部屋の隠し本の位置も……あなたの生まれた時間、好きな食べ物も……」
「うっ……」
「君がこれまで他の女にキスして来たことも、全部知っているよ? 私だけだと思う」
「鮫浜だけって何が……?」
「クス……高洲くんの全てを知っているのは、私だけなんだよ」
「ま、まぁ……そうとも言えるね」
不法侵入から始まり、無理やり休校にしたとか気に入らない奴を闇送りだとか、色々ありすぎる。
どこから見られていたのか分からない程の監視網は、俺の理想の彼女像を見事に破壊してくれた。
令嬢レベルもそうだが、あまりにやりすぎた。
鮫浜はどうしてここまで俺のことを……といっても全てが闇の中すぎる。
「庶民だとか関係ないよ? 高洲くんは鮫浜が守ってあげる。私の男の子だから、ずっと傍にいさせてあげるよ……」
おぉ……悪寒が走った。
さよりの所に行きたいのに行けないとは、まさかこんな場所で会うなんて思っていなかっただけに、苦しいじゃないか。
「ほら、お家に帰ろ? 妹になってもいいし、弟にしてもいいよ……」
「で、出来ないし、行けない。あゆは浅海の元に行くべきだと思うぞ」
「……本当にそう思う?」
「ハッキリ答えを言っていいなら、この場で言う。それでもいいのか?」
「湊くんはわたしのモノってことだよね」
これはアカンやつだ。
キスしないと駄目なのか? いやしかし、こんな場所で鮫浜にキスは真面目にやばい。
「悪い子だね。だからお店も消えてなくなってしまうんだよ?」
「……俺の最初のバイト……鮫浜とさよりと出会ったファミレスだろ?」
「そう」
「アレさえしなければ、俺はここまで鮫浜のことを嫌いにはならなかった。やっていいことと悪いことも分からないなんて、どうかしてる。だから俺は鮫浜あゆとは――」
言葉の続きを言おうとした時だった。
強い衝撃が俺の全身を襲い、腰やら肩やらに硬くてゴツゴツした、ゴージャスなテーブルに激突したような痛みが猛烈にアピールしてくれている。
「――い、痛ぇ……」
まさかあゆが俺を突き飛ばしたのか?
それとも黒服のおにーさんか。
自己修復術式……なんてものは庶民の俺には備わっていないが、骨が折れたとかそこまでやわでもないが、痛みですぐには起き上がれない位のダメージを負ったのは間違いない。
そして当然のように、見知らぬ令嬢たちは派手な音とテーブルの乱れには、関わらないようにして見向きもしない。
俺が倒れていても、いない扱いをしている。
鮫浜も同じで、鮫浜がそこにいても近づく輩も令嬢もいない。
さよりとこういう場に来ると何かが起きる予感はあったが、まさか自分がこんな目に遭うとは。
「――ちょっ、ちょっと待った!! な、何をするつもりでしょうか? 鮫浜さん」
「身動きの取れない湊くんに馬乗り。ということは……?」
実力行使に出るとか、マジですか。
浅海の気配を感じないし、助けてくれそうな空気でもない。
「いやいやいや、駄目だって! こんなやり方でキスしたって、俺の想いは変わらないって!!」
「大丈夫、すぐに眠くなって次に目が覚めたら、私の胸の上でスヤスヤと気持ちよさそうに寝ているよ? そうしたら、もう離れられない……離さない……私のモノなんだよ」
動いて逃げられるものならとっくにやっているが、あゆも何気に強いし、打ちどころが少しばかり悪すぎる。
「――大好き。湊くんも私のことがすごく大好き……だから、そのままいい子にしていてね……」
「うっううう……」
痛みで動けないままであゆの深すぎるキスを受け入れ、そのまま彼女に会えないなんて嫌だ。
麻酔か何かが含まれたキスで、俺は終わってしまうんだろうか。
『お、お待ちなさい!!』
おぉ! あまり頼りになりそうにないが、俺の彼女が来たのか!?
強さは鮫浜に軍配が上がるし、すでにキスをされそうな姿勢だし、どうするつもりがあるのか。
『あ、あゆ!! わたくしの男にそれ以上近付いたら……た、ただじゃすまされないわ!』
「……湊くん――」
「わーわーわー!?」
さよりの声は良く通るくらい綺麗な声だが、あゆには通っていない。
もはやこれまでか?
「んっ、ん……」
あぁ、このまま闇へと誘われるキスがなされ……ていない?
しかしあゆから聞こえて来るのは、紛れも無くキスの吐息である。
俺の口元……というより、誰かに持ち上げられて抱っこされているようだ。
「よぉ、みなと! 危機一髪だったな?」
「ら、嵐花?」
「あたしも令嬢だ! 鮫浜がいるんだから、あたしもいて不思議はないだろ?」
「え、じゃ、じゃあ……鮫浜とキスをしているのって」
「あいつは栢森に一時的にでも籍を置いた男だからな! 力を貸すのは当然だろ」
嵐花が手助けをした男……そして、あゆにキスをしているのは、紛れも無く浅海だった。
『はぁっ――み……!』
『湊じゃない』
『……そうだと思った。それで、あなたはどうするつもり?』
場の雰囲気が物々しくなっている気がするが、撃ち合いとか起きないよな?
「嵐花、アレはヤバいんじゃ?」
「ん? 黒服も周りも全て栢森が仕切っているから、心配すんな! あたしが主催だからな! 本当は、あたしとみなとの婚約パーティーになるはずだったんだけどな」
「ご、ごめん……」
「と、とにかく、そういうことだから鮫浜には好き勝手させるつもりはないから、安心しな!」
最後の最期で嵐花に助けられた。
そして浅海には、俺に言っていた本気を見せてもらうことにしよう。




