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それでも彼女は俺のカノジョじゃないわけで。  作者: 遥風 かずら
5章:日常、再び

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338.彼女と彼の本気な日 後編


 浅海が何を考えているのかなんて、中学からの付き合いでも分からないことばかりだ。

 

 鮫浜の古くからの護衛で実は許婚だったわけだが、傍で俺とあゆの関係をどう見ていたのか。

 本人は男の娘をしている時はその気が無かったとか言っていたが、それすらもフェイクに思えてならない。


 多少の不安を抱えつつ、抜き足差し足で気配を殺しながら階段を上り始めた。

 ――というのも、部屋のドアを閉めていなかったからであり、人の家でイチャイチャしてたら見たくないという思いがあるからだ。


 部屋の前まで近づくと、まさに中からそんな声が!


「いいよね……? 俺たち、付き合ってるんだし」

「お、おかしいわ! こんなの、人の家……それも湊の部屋ですることではありませんわ!」

「君は付き合うって関係を、どれだけ甘く思っているの? 付き合ってもいない湊とはキスをするのに、付き合っている俺たちがしないのは、おかしいんじゃないの?」

「……だ、だからってまだよく分かっていない状態で、しかも湊とお友達のあなたがこんなこと――」

「不意打ちでされたことくらいあるよね。浮間って奴に……」

「――っ!」


 むぅ……何やら様子がおかしい。


 もしやさよりの悲鳴はマジなのか? そして襲われているとかなのだろうか。

 もう少し様子を見てから突入すべきか、それとも……


「止めていただけないかしら! そのことは忘れる程度のことに過ぎないわ。それをいつまでも蒸し返すだなんて、それだからあゆも相手にしないのではなくて?」

「だろうね。でもそれも終わりにするよ」

「え?」

「池谷さんにキスをして、本気にさせる。それならもう、文句は言わないはずだから……」


 おおぅ、マジか。

 浅海がさよりに迫っている場面に出くわしたのか。


 ここはそっとしておくのが二人の為か。

 どういう流れでそうなったのは分からないが、邪魔したら駄目なやつだ。


「本気って、あなたがあゆを諦めるってこと?」

「……どうかな。とにかく、せっかくこんなに間近で君の顔、体を眺められているんだ。キスをしたら、その後も……」

「……!!」


 聞いてはいけない場面だな。

 さよりの声が聞こえなくなったことだし、大人しく立ち去ってコーヒーを淹れ直すか。


「そ、それ以上近付かないで欲しいのですけれど……」

「どうして? 彼氏なんだから、キスくらいしてもおかしく無いと思うけど」

「こ、心の準備が必要ですわ」

「悪いけど、本気だよ……」

「や……」

「俺に抵抗しても無駄だよ」

「や、やだ……湊」

「俺は浅海。湊じゃない」


 確かにその通りだな。

 そうか、キスする寸前か。


『湊! 湊がいい!! いや、いやあああああああ!!』

 

 これは襲われている声じゃないか。

 俺の部屋で何してくれてんだ、浅海め!


「おいっ!! 浅海ー! てめぇぇぇ!!」

「……この子を助けるってことは、本気ってこと?」

「うるせー!! さよりから離れろ!」

「じゃあ、交代」

「はっ? って……」


 茶番がごとく浅海はいとも簡単に俺の拳を避け、手首を掴んだと思えば、浅海がしていた姿勢にされてしまった。


 つまり、今は俺がさよりを押し倒している姿勢である。


「湊は色々迷い過ぎなんだよ。最初からそうだったくせに、あちこちに愛想よくしてるからどうしようもなくなってしまう。もういいよ、俺も本気になるし湊も本気で向き合えよ」

「お前、それどういう――うっ?」

「そういう意味だよ。もう離すなよ?」


 押し倒している状態の俺に対し、さよりは俺を引き寄せて思いきり締め上げて来た。

 

「お、おい、浅海! んぎぎぎ……く、苦し」

「うぅっ……ううううっ………湊、湊……」

「さ、さより……」


 どうやら相当嫌で怖い場面を、浅海にされていたということのようだ。


 俺よりも力のあるさよりにこうも抱きしめられていると、逃げようもない。

 何より、これだけ泣いている彼女はいつ以来だろうか。


「――み、湊……湊、好き、ずっと好き……」

「……さより」


 なるほど、こういうことか。

 浅海の企みの”本気”というのは、あいつ自身も含まれていたようだが、さよりに対する俺の本気を引き出すことだった。


「……好き?」

「……」

「ねぇ、湊……?」


 また言葉でどうのこうの言っても逃げるだけだ。


「――でも」

「でも?」

「あぁ、もう! さよりのことは本気だ。本気で好きだ! これで文句は――!」

「好き、大好き……! ずっと、ずっと本気で好き――」


 認めたくなかったし、逃げていただけだったのかもしれない。

 

 成り上がり令嬢とはいえ、コイツに見合っているのかといつも思いながら、気づけば他の女子に近づいていた。


 でも結局、心を置ける感じにはならなかった。


 家が隣なだけなのに、まだまだ全然残念な彼女なのに……

 嫌いになれないし、なる理由も無かった。


「……さより」


 仮でも無ければ偽でもない、本気で付き合う。

 多分、コイツしかいないんだろう。


 何度目か分からないが、涙を拭ってすぐに、俺はさより(彼女)に本気の気持ちで”キス”をした。

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