337.彼女と彼の本気な日 前編
「お、お邪魔しますわ! お母さま」
「あら、さよちゃん? 随分見ない間にまた綺麗に……え? あなたは?」
「初めまして……湊の友達の八十島です。湊のお母さん、これから湊の部屋が騒がしくなりますが、どうかお許しを」
「まぁそれはいつものことだけど、肝心の湊は?」
「部屋を片付けている最中みたいですよ。しばらく帰って来なかったはずですから」
「本当にねえ……遠くに行ったかと思えばまた戻されるなんて、鮫浜って子は一体何を考えているのかしらね」
「……その心配はもうすぐ必要なくなりますので、ご安心下さい」
浅海の企みなど知ることもなく、俺は埃だらけの部屋を必死に掃除中である。
こんなに長いこと留守にしていただけで、汚くなっているなんて正直思っていなかった。
俺の母さんは俺の部屋には滅多に入らないことも関係しているが、まさか掃除もしてくれていないとか、その辺はいいのか悪いのか。
数十分以上かけて、ようやく客人であるさよりと浅海を、部屋に通すことが出来た。
一息入れつつ話が始まるかと思いきや、遠慮なく俺を使い始める浅海である。
「久々に湊が入れる黒すぎるコーヒーを飲みたいんだけど、頼めるかな?」
「おー。お安い御用だ。懐かしいな、そのセリフ」
「ファミレスで俺の今の姿を見た時の湊は、可愛かったよ」
「おぉぉ……サ、サンキュ」
「……仲がいいのね」
いやいや、友達同士のシャレの利いた会話であって、深い仲では無いのだが。
さよりの嫉妬心も大概にして欲しいものだ。
部屋の掃除をしたのに、さらに俺の部屋に浅海とさよりを二人きりにさせるとか、空気読みすぎだ。
しばらくして、二階からさよりの大げさすぎる悲鳴のような叫びが聞こえて来た。
しかしあいつの大げさな悲鳴は、大概が大騒ぎしすぎな感動か、驚きによるものなので特に気にしていなかった。
『きゃああああああ!!』
「ね、ねえ湊。さよちゃんのあの悲鳴って、いつものアレで合っているの?」
「そんなとこだろ。てか、何度か聞いてるだろ。いい加減、慣れろって!」
「で、でも、今いる男の子ってさよちゃんの何?」
「彼氏だ」
「あんたじゃなくて?」
「違う」
「そ、そうなのね」
母さんはさよりの大げさすぎる悲鳴には免疫があるはずなんだが、何故か気にしているようだ。
俺も多少は気になるが、今はまずコーヒーを淹れるのが先決だ。
◇
「ふふっ! 久しぶり過ぎてホコリが舞い上がっていたのかしらね」
「湊は自分の家よりも、他人の家にばかり入り過ぎなんだよ」
「本当ね」
「――ところで池谷さん」
「えっ、はい。あら? 呼び方が戻ったのね」
「湊の部屋には何度も入っている?」
「あゆほどではないけれど、まぁまぁね……それが何かし――えっ!?」
「……それじゃあ、存分に湊の部屋に寝転がっていいんじゃないかな」
◇◇
黒すぎるコーヒーをコポコポと慎重に入れていた時だった。
俺の部屋にいるであろうさよりの大げさすぎる悲鳴と、何かがぶつかったような音が聞こえて来た。
『きゃ、きゃああああああああ!』
全く、いつもいつも大げさすぎる悲鳴を上げやがって。
どうせ浅海と一緒に、俺の黒歴史アルバムでも見て興奮しているに違いない。
そう思っていたのだが――
「――え、あ、浅海さん? な、何をされているの?」
「池谷さんを押し倒している」
「じょ、冗談なのよね? た、確かに湊の部屋のじゅうたんは存分に味わったのだけれど……何も浅海さんまでそんな、そんなことを」
「……本気だよ」
「やっ――」
「本気を見せないと、彼女にするつもりは無いだろうからね。俺は本気で池谷さんを奪うよ……」
「やめ、やめていただけないかしら……湊のお友達にしては冗談がきつすぎるわ。そ、それに、いくらお付き合いをしていても、湊のお部屋ですることでは――」
「池谷さんは湊しか知らない。湊よりも、俺の方が上手く”キス”出来るよ」
「……キス――」
トポトポと濃ゆいコーヒー自分用を淹れていた時、またしてもさよりの大げさすぎる悲鳴が聞こえて来た。
『や、いやああああああああ!!』
またかよ。
付き合っているのは分かるが、まさか俺の部屋で?
何となくの予感がして、コーヒーを放置して自分の部屋に向かうことにした。




