333.追放からのリターン 1
「……湊、起きて、起きて」
注意をしておいたのに勝手に部屋に上がり込んで起こしに来るとは、やはり人の話を聞かない残念な娘か。
浅海という男がいながら、一体何をしてくれてやがるのか。
ここはあえて聞こえないふりを敢行する。
死んだように熟睡するのも俺の特技だし、諦めて母さんに助けを呼ぶに違いない。
「起きない? そう、それなら……」
予想通りだが、部屋を出て行――
「おわぁっ!? ま、待て、お前には他に男がいるだろ? 早まるな!」
「早まってない。男は湊だけ……他に必要無い」
もぞもぞと俺の布団に潜り込んで来る大胆さは、あゆ以外にあり得ない。
さよりごときでは、ここまでして来ないはず。
しかし何かがおかしい。
さよりよりも小柄だし、口調も妙に落ち着いているが、やはり不法侵入常習の彼女なのか。
「湊と一緒に寝ていられるのなら、それでいい」
「――て、あ、あみなのか? どうして俺の部屋に上がり込んでいるんだ?」
「開いていたから」
「これは立派な不法侵入であってだな……」
「……?」
どういうわけか、布団に潜り込んで来たのは沖水あみだった。
あゆでもなければ、さよりでもない。
『み、み、湊!! お母様に許可を頂いたから上がらせてもら……あら?』
少しタイミングが遅かったようだが、これは吉か凶か。
そういや、あみとさよりに接点があっただろうか。
「あなた……確か南中付属で会ったわよね? 沖水あみ……あゆの妹ね?」
「……」
「そんなことだろうと思っていたわ! あゆがいないことも知っていたし、隣の住人が何かして来ることくらいお見通しよ!」
「意外だな……さよりにしては頭が切れるじゃないか」
「ふふん! 当然ね。早起きしすぎた甲斐があるというものだわ」
もしかしなくても、再々転校初日に興奮しすぎて眠れなかったってやつか……というより、朝早くに俺の家の前を張っていたとかじゃないだろうな。
「それで?」
「愚問ね。わたくしは湊のお隣さんなのだわ! この男はサボり癖のある野郎なのだもの! わたくしが起こしに来ることは決定事項なの! お分かりかしら?」
「……分からない。それで、湊の何?」
「わ、わたくしは湊の……フ、フフフ……」
「……何笑ってんだ?」
「変な人?」
「フ、フレンドですわ!」
「何故に英語で言うのか」
素直に友達と言えば済む話なのだが、変な所で恥ずかしくなるのは何故なのか。
その辺が変わらないのもさよりらしいといえばらしい。
「あみはどうしてこんな朝に俺を起こしに来たんだ? 南中付属は遠いのに、サボりか?」
「……転校したから問題ない」
「え? 転校? どこに……」
「東上学園」
「「はぁぁぁ!?」」
おっと、さよりとハモってしまったぞ。
あみは栢森とは無関係で、嵐花とも出会っていなかったが、こんなことがまかり通るのかよ。
鮫浜の支配下なら沖水は入って行けないはずなのに、鮫浜は学園の権限から離れたのか。
嵐花の屋敷で当主と会ったあゆに、何らかの罰でも科せられたとすればあり得るが……
「んんっ! 湊ごときと同調するなんて、心外だわ」
「そうかよ」
「何にしてもわたくしたちも、転校初日なのよ? 遅れてしまってはどんな謂れの無い異名を名付けられるのか、たまった者では無いわ! さっさと着替えを済ませて外に出て下さらないかしら?」
異名とか、大げさな奴め。
「じゃあ着替えるから出て行ってくれ」
「……見ている」
「あ、あなたは破廉恥という言葉を知らないの?」
「?」
「恥じらい……と言いたかったのか?」
「そう! それよ! とにかく、とっとと着替えて出ていらっしゃい! 一緒に登校してもらわないと困るわ!」
「まさかと思うが道を忘れたから背中を目印にする……とかじゃないよな?」
「ホ、ホホホ……バカにしないでもらいたいものだわ! とにかく! 沖水あみ! あなたもご自分のお家に戻って、準備を済ませてらっしゃい!」
「……そうする」
さよりの迫力が勝ったのか、あるいは面倒な相手と瞬時に判断したのか、素直に言うことを聞いたようだ。
それにしても、さよりの母親っぷりは無駄に磨きがかかっているようだ。
元々の学園に戻るとはいえ、転校初日とか果たしてどうなるものやら、不安しかない。




