331.お預けの理由は?
「――ちっ、分かったよ。ミナトがそういう野郎じゃねえってことは分かってんだよ」
「さすが姐御!」
「調子に乗ってんじゃねえ!」
「……痛って~」
鋭い手刀……もとい、叩きが俺の背中に激しく当たった。
あゆが栢森家の隠し部屋に侵入して来た時点で、というより中性的な女子からの報告により、俺たちの居場所はすぐに知られてしまった。
あゆは栢森の上と会うことになり、俺は嵐花に説教を喰らっている。
居酒屋からここに来るまで、あゆは俺に関わる全ての女子を振り払う! 的なことを微笑みながら宣言した。
だが俺のお仕置きがあゆの中では意外だったらしく、嵐花に見つかると暴れることなく従いに応じていた。
「……で? ミナトが好きな奴は?」
「え、いや、付き合っているって言いましたよ?」
「んなもん、鮫浜とここに来た時点で見りゃあ分かんだろうが! だけどミナトは、そういう目で鮫浜を見てねえだろ。ヨリを戻した? とてもそう見えなかったけどな」
「そ、そうですかね」
「お前をあたしなりに保護しようとしたのは、あたしのミスだったみてえだな」
「保護っすか?」
「ミナトは彼女が欲しいんだったよな? それも優しくて穏やかな女……だったか?」
「穏やかかどうかは今となっては分かりませんが、優しくて病んでなければ……」
これはずっと俺の中では変わらない理想だ。
多少オバカでも可愛いと思えれば、ソイツと一緒にいたい。
「ふぅん……?」
「な、何すか?」
「ソイツのことをそこまで想っていながら、ずっとお預けをしてんのは何でだ?」
「お、お預けって……いや、そんなんじゃ」
「鮫浜のことをずっと気にして、あたしのことも気にしていたからなんだろ? お前」
あゆのことはずっと片隅にあるが、嵐花のことは果たしてどうなんだろうか。
嵐花に惹かれていたのは確かだし、素直になれたのも事実だ。
好きっていう気持ちかと言われると、今は違うと言えるだろうし、嵐花には先に言うべきだろう。
「嵐花に話があるんだけど、いい?」
「……ふん、鮫浜よりも先にあたしを振る話か」
「ごめん、俺は嵐花とは……」
「あたしの教育が足りなかった……いや、方向を間違ったってとこだろうな。はぁ……ミナトのことは本気だったんだけどな。あたしよりもソイツへの想いが強いってことかよ。いいさ、ミナトの為に鮫浜と南中女子の連中はあたしが何とかしてやる! あたしの本気を見せてやるさ」
「鮫浜も……ですか?」
「言われたか? 栢森なんか敵じゃないって」
「ま、まぁ……」
栢森を相手にすることを、鮫浜の会長は知っているのだろうか。
そうでなくあゆが勝手に動いていたとしたら、面倒なことになるのは間違いない。
「ミナトは心配すんなよ! あたしの舎弟だろ?」
「そ、そうでした」
「なぁ、ミナト」
「は……い?」
フワッとした香水の匂いを放ちながら、嵐花は後ろから俺を抱きしめて来た。
大人しくしていれば、本当に年上のお姉さまなんだよな。
くすぐったく鼻にまとわる香りが俺にくっついているが、珍しく大人しい。
「――って……何か気のせいか絞めつけられている気がするんですが、嵐花?」
「ミナト……好きだぞ。好きだったんだ……本当にな」
「……あ」
「ずっとお預けを喰らわせといて、お前の気持ちはソイツだけとか、本当に失敗した」
「すみません」
背中から俺を抱きしめている嵐花の表情は、窺い知ることは出来ない。
もしかして涙を流させてしまったのだろうか。
嵐花に惹かれていたが、彼女は何もかもが本物で高貴な令嬢すぎた。
俺は本物の庶民だし、本気になることは出来なかっただろう。
「――いででででで!! ギブギブ!」
「またフラれた! どうして駄目なのよ!! こうしてやる、こうしてやるんだから!!」
「いま可愛いことを言われても困りますって!」
「ねえ、ミナトの顔を良く見せてくださらない?」
「こ、このままの姿勢だと苦しいです」
「そのままで構わないわ」
ヘッドロックをかけられたままで首を動かすのは至難の業だが、ここは素直に言うことを聞くしかない。
「――あ、え……?」
首を動かして嵐花の方に向いた途端、嵐花は俺の頬にキスをしていた。
何とも照れ臭そうにしていて、初々しい感じがする。
「嵐花の”初めて”の記念だ。それでいいことにする。あたしは遠慮を捨てて、お前を日常に戻すことにする」
「ど、どういう意味――」
「鮫浜じゃなく、あたしが高洲を守ってやるよ。あたしをフったんだからな? 絶対、ソイツにしろよ!」
「は、はぁ、まぁ……」
嵐花には全てバレているな。
しかし俺の日常にって、どういう意味なんだか。
「うし、ミナトだけ家に送ってってやるよ。あたしの最後のわがままだ!」
「え、鮫浜は?」
「当主と話しているからな。今夜はもう会えないだろうぜ」
「そ、そうですか」
「じゃあ行くか。ミナト」
「うん、よろしく」
あゆと共に乗り込んで来た栢森家だったが、あゆとのことを見せつけてしまったと思いきや、それすらも嘘の関係だと見透かされていた。
嵐花との関係が進む感じにはなれないだろうと思っていたし、彼女とは”別れ”ることにした。
姐御と舎弟の関係になれただけでも、庶民の俺には良かったと言えるかもしれない。
「そうそう、手続きも心配しなくていいからな。池谷とまとめて返してやるよ!」
「はい? 何が?」
「ふふっ、舎弟を傍に置かずとも、あたしが行けばいいだけのことだな!」
何が何だろう?
とはいえ、何だか数日ぶりに自宅に帰れるのは安心出来た。
浅海の家で寝泊まりしていたが、大した荷物も無かったし、後で事情を説明しとこう。




