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それでも彼女は俺のカノジョじゃないわけで。  作者: 遥風 かずら
5章:日常、再び

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331.お預けの理由は?


「――ちっ、分かったよ。ミナトがそういう野郎じゃねえってことは分かってんだよ」

「さすが姐御!」

「調子に乗ってんじゃねえ!」

「……痛って~」


 鋭い手刀……もとい、叩きが俺の背中に激しく当たった。


 あゆが栢森家の隠し部屋に侵入して来た時点で、というより中性的な女子からの報告により、俺たちの居場所はすぐに知られてしまった。


 あゆは栢森の上と会うことになり、俺は嵐花に説教を喰らっている。


 居酒屋からここに来るまで、あゆは俺に関わる全ての女子を振り払う! 的なことを微笑みながら宣言した。

 だが俺のお仕置きがあゆの中では意外だったらしく、嵐花に見つかると暴れることなく従いに応じていた。


「……で? ミナトが好きな奴は?」

「え、いや、付き合っているって言いましたよ?」

「んなもん、鮫浜とここに来た時点で見りゃあ分かんだろうが! だけどミナトは、そういう目で鮫浜を見てねえだろ。ヨリを戻した? とてもそう見えなかったけどな」

「そ、そうですかね」

「お前をあたしなりに保護しようとしたのは、あたしのミスだったみてえだな」

「保護っすか?」

「ミナトは彼女が欲しいんだったよな? それも優しくて穏やかな女……だったか?」

「穏やかかどうかは今となっては分かりませんが、優しくて病んでなければ……」


 これはずっと俺の中では変わらない理想だ。


 多少オバカでも可愛いと思えれば、ソイツと一緒にいたい。


「ふぅん……?」

「な、何すか?」

「ソイツのことをそこまで想っていながら、ずっとお預けをしてんのは何でだ?」

「お、お預けって……いや、そんなんじゃ」

「鮫浜のことをずっと気にして、あたしのことも気にしていたからなんだろ? お前」


 あゆのことはずっと片隅にあるが、嵐花のことは果たしてどうなんだろうか。


 嵐花に惹かれていたのは確かだし、素直になれたのも事実だ。


 好きっていう気持ちかと言われると、今は違うと言えるだろうし、嵐花には先に言うべきだろう。


「嵐花に話があるんだけど、いい?」

「……ふん、鮫浜よりも先にあたしを振る話か」

「ごめん、俺は嵐花とは……」

「あたしの教育が足りなかった……いや、方向を間違ったってとこだろうな。はぁ……ミナトのことは本気だったんだけどな。あたしよりもソイツへの想いが強いってことかよ。いいさ、ミナトの為に鮫浜と南中女子の連中はあたしが何とかしてやる! あたしの本気を見せてやるさ」

「鮫浜も……ですか?」

「言われたか? 栢森なんか敵じゃないって」

「ま、まぁ……」


 栢森を相手にすることを、鮫浜の会長は知っているのだろうか。


 そうでなくあゆが勝手に動いていたとしたら、面倒なことになるのは間違いない。


「ミナトは心配すんなよ! あたしの舎弟だろ?」

「そ、そうでした」

「なぁ、ミナト」

「は……い?」


 フワッとした香水の匂いを放ちながら、嵐花は後ろから俺を抱きしめて来た。


 大人しくしていれば、本当に年上のお姉さまなんだよな。


 くすぐったく鼻にまとわる香りが俺にくっついているが、珍しく大人しい。


「――って……何か気のせいか絞めつけられている気がするんですが、嵐花?」

「ミナト……好きだぞ。好きだったんだ……本当にな」

「……あ」

「ずっとお預けを喰らわせといて、お前の気持ちはソイツだけとか、本当に失敗した」

「すみません」


 背中から俺を抱きしめている嵐花の表情は、窺い知ることは出来ない。


 もしかして涙を流させてしまったのだろうか。


 嵐花に惹かれていたが、彼女は何もかもが本物で高貴な令嬢すぎた。

 俺は本物の庶民だし、本気になることは出来なかっただろう。


「――いででででで!! ギブギブ!」

「またフラれた! どうして駄目なのよ!! こうしてやる、こうしてやるんだから!!」

「いま可愛いことを言われても困りますって!」

「ねえ、ミナトの顔を良く見せてくださらない?」

「こ、このままの姿勢だと苦しいです」

「そのままで構わないわ」


 ヘッドロックをかけられたままで首を動かすのは至難の業だが、ここは素直に言うことを聞くしかない。


「――あ、え……?」


 首を動かして嵐花の方に向いた途端、嵐花は俺の頬にキスをしていた。

 何とも照れ臭そうにしていて、初々しい感じがする。


「嵐花の”初めて”の記念だ。それでいいことにする。あたしは遠慮を捨てて、お前を日常に戻すことにする」

「ど、どういう意味――」

「鮫浜じゃなく、あたしが高洲を守ってやるよ。あたしをフったんだからな? 絶対、ソイツにしろよ!」

「は、はぁ、まぁ……」


 嵐花には全てバレているな。

 

 しかし俺の日常にって、どういう意味なんだか。


「うし、ミナトだけ家に送ってってやるよ。あたしの最後のわがままだ!」

「え、鮫浜は?」

「当主と話しているからな。今夜はもう会えないだろうぜ」

「そ、そうですか」

「じゃあ行くか。ミナト」

「うん、よろしく」


 あゆと共に乗り込んで来た栢森家だったが、あゆとのことを見せつけてしまったと思いきや、それすらも嘘の関係だと見透かされていた。


 嵐花との関係が進む感じにはなれないだろうと思っていたし、彼女とは”別れ”ることにした。


 姐御と舎弟の関係になれただけでも、庶民の俺には良かったと言えるかもしれない。


「そうそう、手続きも心配しなくていいからな。池谷とまとめて返してやるよ!」

「はい? 何が?」

「ふふっ、舎弟を傍に置かずとも、あたしが行けばいいだけのことだな!」


 何が何だろう?

 とはいえ、何だか数日ぶりに自宅に帰れるのは安心出来た。


 浅海の家で寝泊まりしていたが、大した荷物も無かったし、後で事情を説明しとこう。

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