325.俺と彼女の言えないカンケイ 3
外に出るまで、結局浅海は一度も姿を見せることが無かったが、あゆとは会わないつもりなんだろうか。
しかし浅海には悪いが、今日が命日になりそうだし、今は自分のことを心配させてもらう。
全身に力を入れないと、黒塗りすぎる高級車に乗り込めそうにない。
「こっち、隣に座って」
「ハ、ハイ」
令嬢どころか鮫浜レベルになると、隣には黒いお兄さんたちが両脇を固めていてもおかしくないのだが、車の中にはあゆしかいないようだ。
「……どうしたの?」
「あゆ一人だけ……か?」
「見て分からない? 早く、隣に来て」
「う、うん」
広々とした車内は至れり尽くせりな状況ではあるが、見事にあゆと俺だけだ。
そんな中でスペースに余裕があるのに、あゆはグイグイと体を密着させて来る。
「な、何故?」
「……ん、私、今は単独だから。鮫浜を頼れるのは移動手段だけ。黒はいない。白ならいるけど、見る?」
「へっ? 白だけがいるのか?」
「……ん」
いや、待てよ。この流れはかつて一度あった気がする。
あゆの格好は大体いつもアクティブな感じで、さよりと比べるとスカートは少ない。
しかし今はヒラヒラなスカートだ。
「い、いや、今はやめとくよ」
「そう? でもこれから、いくらでも会わせてあげるからね?」
変わった言い方だが、人では無くあゆの下着だよね? と聞くだけで、危険な領域に突入するのは間違いない。
とりあえず今は、体を密着させて来るだけなら可愛いものだし、監禁されないだけマシと思うしかないだろう。
「湊くんは何人くらい欲しい?」
「一応聞くけど、それは子供の話?」
「ううん、違う。黒服のこと」
「あー……えー……」
「子供のことまで考えてるなんて、本気なんだ?」
「ち、ちが……」
「うん、ごめんね。すでに聞いてると思うけど、湊くんとはそういう関係になれないんだ。浅海とじゃないと作れないの。だけど関係なんて、いくらでも作れるから安心していいよ」
どんな関係になるというのか、怖くて今は聞けない。
色々な意味が含まれているが、あゆからの話はここまでだった。
栢森の屋敷に着いたことを実感するように、あゆの表情が全然別な感じに変わったからである。
『お嬢様、栢森邸前に到着致しました。駐車場を案内されておりますが……』
「いい。ここで降りるから。あなたはこのまま帰りなさい」
『では、そのように致します』
そういえばあゆが令嬢姿? を俺に見せるのは初めてだ。
実際に支配と権力があるのは親父さんの方だろうが、今のあゆは大人しい方なんだろうか。
「――湊くん、手を」
「ど、どうぞ」
これはもはや彼氏では無く、付き人なのでは?
お嬢様、手を。とかいう執事の疑似体験を、絶賛体験させてもらってるといっても過言ではない。
「ここに何回来た?」
「えーと……数回」
「栢森の言いなりになっていたっていうのは本当?」
「まぁ、うん。でも、嫌じゃなかっ――」
「湊くん可哀想……」
「ちょっ! 何であゆが泣くんだ?」
「もう大丈夫だよ? 湊くんは、私が守ってあげるから」
本当の涙なのか嘘なのかなんて、問題ではない。
栢森に対して、これから怖いもの知らずの鮫浜あゆをいつでも出してあげるね。という、何とも寒気がしまくりのウォーミングアップみたいなものが出まくりだからだ。
涙も基本的に流さないあゆの涙ほど、恐怖でしかない。
「湊くんと私は、誰にも言えないカンケイだよ?」
「え、どんな?」
「これからが楽しみ、だね」
手を握りしめられながらあゆの横顔を見ると、楽しんでいるのか微笑んでいるように見える。
しかしその笑顔は仄かな笑顔にしか見えないだけに、俺には怖さしか浮かばない。
そして――
『よぉ、みなと!』
「ら、嵐花」
「……」
これから長い夜になるのか……そして無事に帰れるのか不安すぎる――




