324.俺と彼女の言えないカンケイ 2
「じゃあ早く行こ?」
こうと決めたら迷わず行くのは、あゆのいい所であり、らしいといえばらしい。
しかし嵐花と話し合いをこれからするとか、とてつもなく修羅場に突入なのでは?
夏休み前に南中から逃げて隠れていたのに、わざわざ自分から姿を見せて……俺はどうなるんだ。
以前嵐花は、鮫浜なんか相手にもならず、俺を守ってやるとか言っていた。
それが今や、逆になっている。
鮫浜なら栢森は分からないが、南中女子たちに無駄に立てたフラグごと、簡単に滅してしまいそうだ。
「知ってる、知ってるよ?」
「な、何が?」
「湊くんはわたしを求めて、求め続けて……手当たり次第に優しくした。そうだよね?」
「や、優しくはしてないと思う……たぶん」
「うん、だから全部終わらせてあげる……湊くんを困らせているんなら、全て……」
おぉぉ……寒気と悪寒を同時に感じてしまった。
あゆと付き合うってだけで、他の存在全てが抹消されるとか、マジですか。
うっ……というか、知らぬ間に手を握られていたとか、真面目に怖いぞ。
全然気づかなかった。
「行こ」
「屋敷の場所も分かっている……んだな?」
「もちろん。わたし、こう見えて一番の令嬢だから」
「あ……うん。ソウデスヨネ」
否定出来ないのは確かだし、鮫浜の令嬢はそれくらい強い。
個室から出て、そのまま外に出ようとすると――
『お、お待ちになってくれないかしら?』
お? 出て来ないと思っていたが、さよりが止めに来たのか。
コイツはどういうわけか、あゆに強い感じがある。
他はてんで弱くて残念なのに、俺よりもずっと前からあゆを知っているからこそ、強気な態度になれるのか。
「――さより、何?」
「おい、さよ――」
「庶民は黙っていてくれないかしら! わたくしは鮫浜あゆと話があるのだけれど」
「……うぐ」
どういうわけか、いつになく令嬢っぽい強さを感じる。
お前は浅海と付き合いをしているだろうが! などと言うつもりだったのに、制された。
「湊を、あゆ……あなたの思い通りにさせるつもりなんてなくってよ! この男はだらしないけれど、悪人になれない小者だわ! あなたの側に連れて行くなんて許したくないわ!」
小者だとか庶民だとか、その通りです。
「……さよりには関係ない」
「大ありだわ! 湊は、わたくしの彼氏ではないけれど、お……」
おって何だ? 何故か顔を赤くしながら、唇をギュッと噛みしめているのはどういうことだ。
「お、おおおお……お友達なのだわ! どうしようもなく情けなくて駄目な男だけれど、あゆの好き勝手にしたくないお友達なの! だから連れて行くつもりなら、わたくしは――」
「そう、さより……あなたもわたしの敵?」
「と、ととと、当然ね!」
「ふぅん……? さよちゃんがわたしの、ね。いいよ? でも、先に片付けて来たいから、その後……その後でいいよね?」
「――! え、ええ……」
おぉ、眼圧半端ないぞ。
天使が早くも闇に堕ちて行くとか、早すぎるだろ。
「湊くん、車で待っている、いるから。すぐ来てね」
「は、はい」
財力も強さも、どう考えてもさよりに勝ち目は無いのに、どうしてコイツは……。
思わず憐れみの目で見つめてしまったじゃないか。
「な、何かしら? あなたに見つめられたら妊娠してしまうのだけれど」
「それはもう古いから」
「何よ! そうやってあなたの無意識な視姦で、わたくしをどうにかするつもりがあるのかしら?」
コイツ、とうとうそこまで言うようになりやがったのか。
「しねえよ」
「ど、どうにかするつもりがあるのなら、きちんと手続きを踏んでからにしてくださるかしら」
「手続きって何だよ、そりゃあ」
「知らないわ」
「……ったく、心配して損した」
「ふ、ふん、あなたはわたくしを見破る……ではなく、見くびりすぎるんだわ!」
「してねえっての」
「さっさとあゆを助けにお行きなさい。話はそれからだわ」
「はいはい、じゃあまたな」
「! う、うん。またね、湊。それから、はいは一度だけよ」
あーうるさい。
教育ママタイプかよ。
とにかく今からというか、もうすぐ夜なのに栢森に襲撃なのか。
怖すぎる……嵐花も怖いけど、あゆが怖い。
ヨリを戻して鮫浜の力も復活とか、シャレにならないんだが。




