323.俺と彼女の言えないカンケイ 1 天使編
誰かに聞かせるつもりは無かったのだが、あゆが店に来たのは誰もが知る所になっていたこともあり、俺は思い切って関係の無い人たちがいる前でもお構いなく、宣言した。
「ここに来たあゆ……いや、令嬢は俺の元カノなんすよ!」
「え!? そうだったの? じゃあ何で連絡とか聞いて来たんだろ……」
「別れたからですよ」
「あ、そっか。そりゃあそっか~……はは」
「元カノなんすけど、ヨリが戻りそうなんすよ。だから気を遣わなくていいっていうか……」
『ええっ!?』
一人だけ声を張り上げてる奴がいるかと思えば、さよりか。
浅海と付き合いをしていても驚くのか。
「ごめん湊。ちゃんとするから……」
「いや、浅海のせいじゃないだろ。今度こそ、俺も決めないとって思ってたし」
「――! あぁ、うん」
これは俺と浅海の闇の誓約……ではなく、浅海のことに関係なく、あゆとは元々不本意な形で別れたというか追放されたので、こういうことはハッキリさせるべきだと思っていた。
「あ、あぁぁ……どうして、どうして……」
「池谷さん、落ち着いて。君は俺が……俺の彼女さんなんだよ?」
「どうしてどうして……」
さよりだけが妄想世界と戦っているようだ。
すかさず浅海がフォローを入れるが、返って来る言葉は変化しない。
その辺は時間が解決するとして、この後に来るあゆと話をしなければ。
「高洲くん、あゆちゃんとじっくり話して来なよ~奥のお座敷個室、使っていいから」
「いいんすか?」
「ミウも責任があるわけで~」
「何も無いかと」
「や、あるし。ヨリ戻せても終わることもあるっしょ? そん時にでも責任をね」
「間に合ってるんで!」
「可愛くない奴だね、君は」
何てことのないやり取りをして、あゆが来るのを待った。
恐らくだが、今頃は浅海とさよりだけ、奥に引っ込んでいるに違いない。
『こんばんはーらっしゃい!! あっ、はい。こちらへどうぞ』
とうとう来たか。
居酒屋それも、バイト先でこの話をするのもどうかと思ったが、ここの方が話がしやすいと浅海が判断して至る。
「や、やぁ、あゆ」
「うん、湊くん」
「えーと……」
「逃げないし逃さないから、言っていいよ?」
逃さないってのも十分トラウマもんだが、俺も逃げては駄目だ。
「沖水あゆ……今は鮫浜あゆか分からないけど、俺は……」
「強いて言えば鮫浜かな。それで?」
「俺は鮫浜ともう一度、付き合いたい」
「……」
まるで分かっていたかのように、いや、手紙とかテレビ電話に関係なく彼女は分かっている。
「お帰り、湊くん! やっと言ってくれた。ずっと待ってた、待っていたよ?」
「……あゆを今度こそ知りたい」
「ふふっ……いいよ?」
嬉しそうに笑うあゆだが、何かの含みもありそうな微笑にも見える。
「じゃあ行こ?」
「ど、どこに?」
「学園からもう一度、湊くんは始めるの。だから栢森に行こ」
「え? 栢森ヶ丘にってこと?」
「あの栢森はわたしに言っていたから。それを伝えないと、湊くんは始まらないから」
嵐花と何かのやり取りがあったのは、何となく小耳に挟んでいたがまさか今から乗り込むとか、気持ちの整理が出来てない。
「でも夏休み中で……」
「うん、だから栢森の家に行く」
「ふぁっ!? え、俺とあゆとで?」
「平気……だよ?」
そういう意味では無いのだが、まさかヨリ戻しだけでこんなことになるなんて、思ってなかったんだが。
黒服勢ぞろいとかだったら恐ろしすぎるぞ。
ここで浅海の助けを求めたら駄目なんだろうか。
しかし今のあゆは、闇の顔ではなく天使だった頃の顔をしているし、下手に浅海を呼ぶと駄目か。




