322.さよりさんのキモチSS 2
「では池谷さん、お手を……」
「ええ、ありがとう」
浅海さんとお付き合いをするようになってから数日後。
湊には分かられないようにして、浅海さんはわたくしの家の近くに車を迎えさせ、手を添えられながら車に乗り込むという流れが出来上がっていた。
本来あるべき形ではあるのだけれど、何か調子が狂うのは気のせいなのかしら。
「今日はどこへ行こうか?」
「……お任せしてよろしいのでしょう?」
「もちろん。でも、遠慮はしなくていいよ。池谷さんが行きたい場所に行けるように、指示してある」
「そう、そうね……」
どうして落ち着かないのだろう。
どうして気持ちがざわつくのだろう。
どうして……?
「どうかした? 具合が悪いならすぐにでも……」
「い、いいえ、考え事をしていただけですの」
「そう? 困ったことがあったら俺に何でも言ってよ。俺、池谷さんの彼氏なんだから」
浅海さんは、やたらと彼氏ということを強調して来る。
その割には、池谷さん……と呼ぶことに徹底しているし、絶対に”さより”さんなどと呼んでも来ない。
それは湊ごときに気でも遣っているとでもいうの?
だったら何故、彼の目の前で交際宣言をしたというの?
それにわたくしの家には絶対に近寄らないし、そんな話もして来ない。
わたくしにも同様に、八十島の敷地にすら近づけさせてはくれない。
湊は間違いなく、浅海さんのお屋敷にいるというのに。
「じゃあそろそろバイトに行こうか」
「そ、そうですわね」
そしてこれも何かの試しなのかと言わんばかりに、わたくしと二人でバイト先に向かう。
湊は後から一人で来るのが分かっているのだけれど、まるで湊に見せつけるようにして、次々とわたくしにお品物を渡して、浅海さんは必ずフォローして来る。
ああ、もう!
どうしてこんなことをしなくてはならないの?
お母様が言っていたアルバイトとはまるで違い過ぎて、とてもじゃないけれど今何をしているのか伝えることすら出来ない。
本当は湊と同じ、湊と一緒にアルバイトをするつもりだったというのに。
今の彼氏、お付き合いをしているのは浅海さんであって、湊は何も関係ない。
それなのに、ちっとも楽しい感じがしないのはどうしてなの。
どうして浅海さんは、わたくしとお付き合いを――




