318.片想いトライアングル 1
「はい、これを卓番21によろしく~!」
「ほいよ」
「転ぶなよ、湊」
「それは無いから安心していいぞ!」
むしろ転びまくりなのはアイツの方だろう。
「どうして……? どうして何も無い所で転ぶというの!?」
足下と人の顔を見ないで、グラスや皿しか見てないからだと思われる。
栢森ヶ丘も夏休みに入り、俺は入院している体のまま、浅海とアルバイトをしている。
紹介されたのは居酒屋だった。
ファミレスでホールをしていたことも懐かしいが、勝手はあまり変わらないこともあって、すぐに慣れることが出来た。
浅海はキッチン補助をしていて、俺は配膳をメインにしている。
「きゃぁっ……!?」
そしてさよりはもっともやってはいけないオーダー取りと、バッシングである。
かつてファミレスを閉店に追い込んださよりが、同じバイト先にいるとは思ってもみなかった。
それも浅海と一緒に。
俺の前で浅海は、さよりと交際すると宣言。
そんな宣言のすぐ後、まさか居酒屋で一緒に働くことになるなんて何かモヤモヤしていたが、さよりのダメっぷりは健在だったので、何となく楽な気持ちになれた。
「あなた、何か文句でもあるのかしら?」
「いんや、別に~」
「……いいじゃない! こんなの初めてのことなんだから!! ミスくらいするし、すればするほどスキルアップするものだと聞いたことがあるわ!」
さよりがスキルアップを果たした頃には、恐らく経営悪化で閉店だろうな。
いつものことだと笑いながらさよりに声をかけていたが、浅海は俺とはまるで反応が違った。
「池谷さん、お疲れ様。焦らずにやればいいよ。俺は女子が頑張る姿を笑ったりはしないから、安心して」
「え、あ……はい。ありがとう、浅海さん」
「うん」
――とまぁ、そんな感じで見せつけられている。
仮の関係ではあったが曖昧な関係でも長く続けていれば、俺からアイツに――なんて思っていた矢先、浅海にまんまとしてやられたわけで。
全て俺が悪いが、今は本物のイケメンと極上美少女の関係を、生温かく見守るしか無さそうだ。
「お似合いですよね、あの二人」
「……そ、そうだね。はは……」
「あれ~? もしかして、池谷さんのこと好きなんですか?」
「はっはっは……それは気のせいだと思うな。そういうキミは、誰か気になってたり?」
「それって、ミウに告ってたりするんですか~?」
「何でそうなるんだか……」
浅海に紹介を受けた居酒屋は、栢森から離れた場所にある繁華街の一角にある。
その店で働く女の子たちは近くに学校があるらしく、夏休みとかに関係なくバイトに来ているらしい。
居酒屋で働くことに寛容な学校と親が、居酒屋バイトを推奨しているのだとか。
「諦めた方が良くないですか?」
「へ? 誰のことを?」
「だから~池谷さんと、八十島くんのことですよ~」
「いや、気にしてないよ? 本当だよ?」
思いきり気にしてるって、他の人にはバレバレなのかよ。
それもバイトでしか会わない女子にすら気付かれるとか、やばすぎる。
「心配しなくていいんじゃないですか~?」
「そ、そうだな。あの二人のことなら心配なんてしなくても……」
「じゃなくて、高洲くんのことですよ?」
「ん? 自分のことを心配なんてしないぞ……」
「あー……面倒な男の子なわけですね。だからなのかな」
一体何を言おうとしているのか訳が分からないが、ミウという女子は暇なのか、やたらと絡んで来る。
他のバイト女子や男連中もいるが、無関心を装っているのかあまり話しかけて来ない。
その方が楽ではあるが……
『そこの湊! さっさと運ぶ!』
「す、すんませんっ!」
「あ~あ、怒られた~」
「いや、君も動けよ」
「ミウ、シフト上がりだから、動かなくていいんですよね」
「――なっ!?」
「じゃ、お先です~! じゃあね、高洲くん」
「さっさと帰れよ……ったく」
「あはっ、怒った~」
何なんだ、あの子……
よほど人をからかうのが好きで暇なのか、しぶとく店に残っていたりする。
男慣れしている感じがあって、調子が狂うしさよりのことでからかってくるし、本当に何なんだ。




