314.男の中の男の娘とダチで良かった日
あみとは合宿に行く前にそういう話になっていた。
姉である鮫浜あゆではなく、沖水あみを選ぶなら告白に近い宣言をして欲しい……と。
南中付属でファントムさんと呼ばれるあみが俺と付き合うことを公表すれば、俺は強制的に排除され、身の安全は保障されるのだとか。
しかし気持ちが昂ったせいもあってか、あみとキスをしそうになった。
そこに現れたのは、仮の彼女であるさよりだ。
「さ、さより!? お前何でここにいるんだ?」
「愚問だわ。決まりきったことをどうしていつもいつも……そんなことより、そこの沖水とどういう関係なのかしら?」
「え? 沖水と? というか、何で知っているんだ……」
「ついさっき出会ったのだけれど、話を聞く前に姿が見えなくなっていたわ。まさか湊が手引きをしたのかしらね?」
さよりとあみを交互に見ても、さよりは不確定の自信に満ち溢れているし、あみは『誰?』みたいな表情をしていてどっちにも聞きようがない。
「高洲……続き、しよ?」
「いやいや、待て待て……さよりが来ているし、続きは無理だ」
「どうして? だって選んでくれたよね。あゆよりわたしを」
「それはまぁ、そうなんだけど……俺はここにいるさよりの彼氏でもあってだな……」
「だから?」
「見ている前で続きは出来ないだろ」
「じゃあ後ででいい」
鮫浜とは考え方も危なさも違うが、あみはどういうつもりで俺を……
しかもさよりが来ていても、まるで見えていないかのように話を進めている感じがする。
「湊! 続きとは何かしら?」
「た、大したことではないぞ……うん」
「わたくしには、大いに大したことである光景に見えたのだけれど?」
「お、落ち着け」
落ち着いていないのは俺である。
『往生際が悪いよ? 湊』
それほど怒りを露わにしているさよりでは無かったが、一人で来ていたわけではなかったことも関係していたと言わんばかりに、助っ人が割って入った。
「あ、浅海!? まさか、さよりと?」
「そのまさか。前も見せたと思うけど、俺は池谷さんを湊の悪い癖から、守る契約をしているんでね」
「悪い癖……って」
「大概にしときなよ? 池谷さんは湊にとって仮であって、契約っていうややこしい関係で置いておきたいんだろうけど、それって湊が彼女をそういう目で見ているだけなんだろ? 気持ちを知っていて、それは男らしくないな」
さよりを見ると顔を逸らし、不貞腐れの態度を見せている。
あみは俺とさよりとの状況に関せずで、空中に何かを書き始めた。
「あ、浅海には関係な――」
言葉を遮られたかと思った直後、浅海の強すぎる平手は、見事に俺の頬にクリーンヒットしていた。
今までは何があっても俺の味方をしていた浅海だったのに、今はさよりの強い味方のようだ。
「……いつからから知らないけど、湊は悪い方に向かっているね。あの人の掌で転がされながら、湊は最低な野郎に変わってしまったみたいだ。がっかりだ」
「い、いや……」
「湊とここにいる沖水さんとどうなのかは、どうでもいい。でも俺も池谷さんも理解は出来ない。だから、俺は湊をここから攫って行く」
「はっ?」
「池谷さん、行こう!」
「え、ええ」
「沖水さんと言ったよね? キミはあの人を甘く見ている。湊がそうでも、あの人はまだ変わっていない。そこを覚悟して、近付いた方がいいよ」
「……」
浅海の逞しすぎる腕の力によって、俺は強引に引っ張られて部屋から連れ出された。
久しぶりの男の娘姿なせいか、強引な浅海に思わず動悸がおかしいが、こんなに怒っているダチの姿を見たことが無いだけに、俺は黙って付いて行くしか無かった。




