303.その言葉、禁忌につき
一日だけの自由な時間は元カノあゆの監禁から始まり、自称許婚野郎に吹き飛ばされ、今は一応カノジョであるさよりが、俺を発見に至っている。
「み、湊! さっきから黙りこくって、何とか言ったらどうなの!!」
ちょっと会わなかっただけで、状況判断も出来なくなるくらい退化したのか?
「……さ」
「言葉! 人の言葉をおっしゃいなさい!!」
「びょ……病院を呼べ」
「それを言うなら、救急車ではなくって? って、あら? あなた……ち、ちちちちちち……」
やっと気付いたか。
正確には血は出ていないが、この際どう誤解されても構わないから、早く病院に送って欲しい。
「こ、こうしてはいられないわ! 湊の背中はわたくしが守らなければ」
「……ぉぃ」
「え、えーと……この場合はおんぶが適切かしら? それとも……」
逆のパターンはあったが、いくら何でもさよりが俺をおぶるとか、大丈夫かコイツ。
しかも本体じゃなくて、背中を守るとか何を言っているのか。
「うーんうーん……重い……」
「だから……呼べと……」
意識が落ちかけていたのに、さよりのせいで意識がハッキリして来た。
何で俺を背負おうとしているのか、理解出来ない。
「きゃぁっ!?」
「ばっ――!?」
「うぅぅ……か、彼氏の危機に何も出来ない女になるつもりなんて無いのに……」
正式な彼女としてでもないのに、コイツは意外に責任感があるようだ。
『そこの人、手伝おうか?』
鮫浜と鮫島がいなくなったおかげか、心優しき人が通りがかるようになったか。
「ご心配に及びませんわ! こう見えても、わたくしは人並程度の力がありますの」
人並だったら全然すごくないぞ。
さよりの姿すらぼやけてよく見えないが、根拠のない自信で自分の胸を叩く姿が、容易に想像出来る。
「いや、あんたでは駄目だな。オレが連れて行く。外に出れば、こういうことが起きるって身をもって知っただろうからな」
「ど、どこへ連れて行くというの? 病院なら近くの……」
「そういうのもオレの仕事なんでね。……よっ……と」
うおっ!?
何か軽々と抱えられてしまったが、こいつは誰だ?
声質からして男ではなく、逞しい女のようにも思えるが。
「じゃあ、連れて行くからな。あんたは家に帰りなよ!」
「おっ、お待ちなさい!! 誰の許可を得て、湊を連れて行くというのかしら?」
「誰って、もちろん栢森だけど?」
「か、栢森ですって!? あなたも栢森さんの関係者だというの?」
「そ。ついでに言うと、高洲湊専用の――」
この声と栢森ってことは、こいつはユウか。
以前は浅海が俺を護衛してくれていたが、今は男装する女に守られているとか情けないな。
このままだと病院ではなく、南中女子寮に直行されてしばらく出られなくなりそうだ。
何かないか何か。
体中が痛くてどこでもいいから布団に入りたいが、このままだとさよりの前から、しばらくいなくなりそうな予感がする。
「湊専用の何ですって?」
「――聞きたい? あんた、この男の何?」
元はと言えば嵐花の教育で南中に行かされたのであって、俺から望んだわけじゃない。
こうなれば禁忌な言葉を使うしか無いが、すでに聞き慣れた言葉なだけに効きそうにないかもしれない。
力を振り絞って、さよりが答える前に答えてやる。
「……ざ、残念なカノジョだ……」
「彼女? 釣り合わない感じの綺麗な女子だけど、彼女がいたのか?」
「あぁ、ユウに言うほどでもないくらい……残念――」
「残念だと思っているんなら、このままオレと一緒に戻って手当てを受け……」
「残念ながら、残念な奴でも残念と思えても、コイツは――」
大事なことだから3回ほど連呼したが、やけに大人しいな。
それを言われても、もはや耐性が付いてしまったか。
「うるさーーーーい!! うるさいうるさいうるさいうるさい!!」
「な、何だ?」
やはり以前のような言葉の悪さは消えているが、言われて相当キレているのは確かか。
「ムカつく!! ムカつく! 悪いけれど、湊の面倒を見るのはこのわたくしの役目なの!! 栢森だからなんだというの!? 勝手に声をかけて来て、連れて行く許可を出した覚えなど無くってよ!」
あまり使いたくなかった禁忌だが、火事場の底力を発揮しそうだ。
「おっ……? 何だ、あんたもやれば出来る女って奴か」
「湊はわたくしが連れて行くわ! 栢森にはそう伝えて頂戴!!」
とにかく病院に連れて行ってくれるだけでいいのに、何でこうもトラブルを呼び込むのか。
「……好きにしなよ。今日一日だけは、自由にさせてるし。明日になったらオレじゃなくても、貸しをあげた女が取り戻しに来るだろうしな」
「と、とにかく湊を返しなさい!」
「変わった女だ……返すから、手当てをしてあげな」
俺を抱え上げていたユウは俺を下ろし、力の抜けた腕をさよりに預けて、この場から離れたようだ。
「バカッ!! 湊の大馬鹿野郎!! 無駄に優しくするから、次々と狙われるって何故気付かないの!」
「びょ……病院……」
「ウザいウザいウザい!! 何でこんな男に――」
そこそこキレているが、さっきまで感じられなかったバカ力を出して、俺をおぶっている。
いや、携帯で誰か呼んでくれ。
「あなたがどこで何をしていても、わたくしはあなたのことが――」
何やらさよりが呟いていたが、限界が来たのか視界は真っ暗になり、そのまま眠ってしまう。
あゆと鮫島のことも気になるが、今はさよりに委ねることにした。
「さよ……」




