28.鮫浜あゆと恋の目覚め。 前編
まさかの入江先輩にデートへ誘われるとか、生きててよかった! 非モテ脱出への第一歩がようやく進められるわけですね。背中は多くを語れないというより、背中で表情を読めたらそれはとんでもなくホラー。なので、俺は分かりやすいくらいに顔に出てしまう奴だ。少しの余裕を残して教室に戻ってくると、鮫浜の微笑みが俺を出迎えた。いつもならその微笑みを恐れたりしていたのだが、今日に限っては天使の微笑みに見えた。本来これが普通ではあるけど、ここ最近の鮫浜との出来事で天使と思えなくなっていたというのもある。
「高洲君、嬉しそうだね?」
「お、おぅ。分かってしまうか?」
「顔を見れば誰でも分かる。さよちゃんですらも分かると思う」
「そ、そんなに? そ、そっか。い、いや、大したことじゃないよ?」
まさか先輩とデートするんだよなんて言うわけには行かないだろ。そんなことまで正直に言ってどうするって話だし。そもそも鮫浜は友達関係。もちろん、浅海とは意味合いが違う友達だ。少なくとも女子関係を正直に話すんなら、浅海に話すのが正しいだろう。
「放課後。高洲君と帰りたい」
「えっ? えーと、ごめん! 放課後は用があるんだよ! だから明日とかなら……」
「ふぅん……? 先輩と何かある、とか?」
どうも心の中でも読まれているっぽい気がしてならないな。そんなにいつも放課後に誘ってくるとかは無かったのに、何でまたよりにもよって今日なんだろうな。俺を好きでもないのに、どうしてそこまで気にしているのかさえも分からない。
「あ、うん。つ、付き合いでどこかに行こうかなと」
「――行っちゃダメ。高洲……湊くんは私といて欲しい」
「ダメってそんな、悪い人じゃないし。先輩だよ? 鮫浜はあまり知らないかもだけど、バイト先でお世話になってた先輩だし。誘われたのも初めてなんだよ? 滅多にないし、俺は行きたい」
「そんなの知らない。湊くんのことを近くでいつも見てきたのは私。私なんだよ? そんな滅多に会えないバイトの先輩が何で急に誘ってくるの? おかしいよ……おかしい。湊くんのことを何も知らないのに」
「鮫浜こそ、俺の何を分かってるって? たかが隣近所で、部屋も近いだけで……そもそも、ただの友達だろ! 俺のことが好きでもないくせに、先輩とのことをそこまで言われる筋合いはお前には無い!」
俺は何でこんなに頭に来ているんだろうな。何だか分からないけど、入江先輩とのことを悪く言われているような気がして、無性にムカついた。鮫浜に何が分かるって言うんだ。
「おいおい、高洲の奴。天使に怒鳴ってんぞ」「どっちも普段大人しいのにどうしたんだ?」などなど、さすがに昼休みも終わる寸前なだけに、目立ってしまった。確かにこんなことでと言ったらなんだけど、そこまで声を荒らげるほどでは無かった。それなのに、どうしてか声を張り上げてしまった。なんて恐れ知らずなんだろうか。これにはさすがに普段は話しかけもしない周りの女子も、鮫浜に近づいて声をかけていた。
「湊、どうしたの? 鮫浜さんと何か?」
「浅海。いや、大したことじゃないよ。喧嘩とかでも無くて、ごめん。ちょっと興奮した」
「そっか。何か困ってたら俺に相談してよ。なかなか話が出来なくなってんだし、な?」
「お、おう。ごめん」
浅海も気にさせてしまったな。普段から何気なく俺と鮫浜や池谷とのやり取りを見守ってくれていたのに、余計な心配をさせてしまった。後で奢ろう。それはいいとして、空気の読めないさよりも声をかけて来たじゃないか。そこまで珍しすぎることなのか。
「あらあら、あなた……ろくでなしな輩というのは知っていたけれど、とうとうあゆにも牙を向けてしまったのかしら? それともあまりにモテなさ過ぎて、誰かれ構わずに八つ当たりでもしてしまったのかしらね」
「うるせーな。さよりには関係ねー」
「ふふっ、負け犬の遠吠え……違ったかしら。あゆはようやく認められたわたくしのお友達でもあるの。あゆに何かしでかしたら、わたくしもそれ相応の罰をあなたに与えて差し上げなければならないわね」
「さより、お前。ちょっと黙れ――」
「み、みな――むぐむぐー! あなた、またわたくしの口を……! ご、ごめんなさい。席に戻るわ」
ああ、くそっ。何でさよりにまでそんなことを言われてしまうのか。こんな時に俺の味方は浅海だけとか、普段の俺に無関心なクラス連中がウザすぎる。だけど、入江先輩に会うなとか、そんなの彼女でもない、好きでもない鮫浜に言われるのは腹が立った。それだけのことなんだ。嫌いとかじゃない。それにしてもラブな部分とクスっと出来そうな展開はどこへ行ったのかな。でもせっかく巡って来た非モテ脱出のチャンスなんだ。今回は真面目に行かせてもらう。
「鮫浜。俺はお前の彼氏じゃない。好きでもない。だから、俺が誰と会うとか関係ないだろ?」
「私はキミのことを知ってる。だから、認めたくない。湊くん、私は――」




