27.モテ期の無駄遣いは想定外ですよ?
「おーい、高洲。誰か呼んでんぞ?」
「ん? 誰?」
「知らね。俺は背中の人を呼んで欲しいって言われただけだ」
「何だそりゃあ。ったく、誰だよ」
俺の背中だけをご指名する奴なんて、大抵は名も知らぬ女子あるいは、浅海の取り巻き女子。または、さよりくらいだと思っている。それでも背中を指名とか、それはあんまりすぎるだろう。そもそもどこから呼ばれたのかさえ分からないじゃないか。教室の出入り口は前と後ろの二か所ではあるものの、前を見てもクラスの連中が出入りしているだけで、誰かが呼んでいるようには見えない。とすると、後ろだけになるが、後ろの扉はまるで旧時代のオブジェのように一年前から忘れ去られた存在で、そこから出入りする奴は今はほとんどいない。
「ねえ、マナ。あの子がそうなんじゃない?」
「そうだよ。ふふっ、まさか後ろの扉を使うだなんて思ってないんじゃないかな。知っているのは2年生から上の学年だけだし」
「そろそろ呼んであげないと可哀想だよ。いくら背中がイケてても、顔を見せてあげないと」
何やらどこからか、普段耳にしないような楽し気な女子たちの会話が聞こえて来ているではないですか。俺の背中を見ているということは、後ろの扉ですね、分かります。後ろの席の俺でも、右斜め後方に位置する扉は本当に滅多に見ることがないだけに、半信半疑だったがキャッキャウフフな声の正体と俺を呼んだ奴の正体を確かめてあげようじゃないか。
「やっ! 高洲くん。元気してる?」
「い、入江先輩? ま、まさか、そんな……先輩から俺に会いに来るなんて」
「驚かせてごめんね。お昼はいつも一人?」
「はぁ、まぁ」
「じゃっ、私たちと一緒に食べよ? カフェテラスで待ってるからね。じゃあね、高洲くん」
「へ? あ、はい」
私たち? というか、バイト以外で会ったことないのにお誘いを受けるとか、もしやこれは人生で貴重すぎるモテ期到来かな? 呼ばれただけでモテるとは限らないけど、何だかワクワクするのは何故かな。
「高洲君、嬉しそうだね……? 何かあった?」
「いや、俺にもよく分かんないけど、先輩に呼ばれた。だから昼は先輩の所に行って来る」
「ふーん……先輩、ね」
「あ、もしかして、鮫浜は俺をお昼に誘うつもりがあったか?」
「今日は何もないから」
「そ、そうか」
「……ん、気にしなくていい」
いや、ものすごく気になるんだけど。好きじゃないっていう割には、鮫浜は俺の行動とか言動とかを、半端なくチェックしているんだよな。だから下手なことは言えなくなった。姫ちゃんのことはもちろん言えないし。だけど、バイトの先輩のことはあまりよく知らないだろうし、会ったことも無いはずだから先輩と昼に会うとか、それくらいのことに関してはスルーしてくれるようだ。俺も何でここまで鮫浜のことを気にしてしまうんだろうな。好かれていないってことくらい分かるのに。
午前の授業を終えて昼休みになった。昼は大体は一人で適当に過ごしていたのだが、彼女たちの気まぐれで、時々一緒に昼休みの時間を潰す時があったりする。鮫浜の場合は彼女から話しかけてくるし、さよりの場合は明らかに背中にくっついて来るので、そのまま流れに任せてと言った感じだ。浅海は実のところ、浅海から誘ってくることが難しいらしく、俺が通行手形を使ってBTフィールドをこじ開けなければ会えないこともあってか、お互いに遠慮が生まれている。もちろん、仲が悪いとかじゃない。俺が誘ったとしても、周りには常に女子たちの監視が光っているのでそこが面倒と言えば面倒だ。それがここにきて、いきなりの先輩からのお誘い。これはどう考えても使いたくも無いモテ期が来たと言わざるを得ない。モテ期の残数はいくつなのかな。
カフェテラスに行くと、それはもう明らかに、男子は立ち入ってはいけないエリアと化している。さすが本物のお嬢様と金持ちの設備投資で、作りこんじゃっただけのことはある。東上学園は私立であり、金さえかければ……それくらいフリーダム。テラスの席も男が迂闊に座っちゃいけないような、なんとも洒落たデザインで出来ていた。そこから俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「高洲くん~! こっち!」
「先輩、どうもです」
「暑いけど、外で食べようか。もちろん、日陰でね」
「お任せします」
って感じで先輩に全てを任せる俺である。これがさよりとかだと俺が主導権を握るのだが、先輩相手だとそうもいかない。まして、ファミレスが開店休業となってから久し振りに会うのだ。言うことを聞くのが当然だ。
「高洲くん、学園内で会うのは初めてだね。どう? 嬉しい?」
「う、嬉しいです。マナ先輩、相変わらず綺麗だなって」
「キミも相変わらずだね~。というか、やっぱりいいね。高洲くんと話すのは好きかも」
「お、俺もです。俺、友達少なすぎるんで、やっぱり知ってる人と話すのは好きです」
これは告白ではない。そう、日常会話なのだ。そして、先輩の隣に座っているこれまたお綺麗な女子はどなたなのでしょう? やたらと俺の声に集中しているように見えるんだが。だとしても、綺麗すぎる先輩女子を前にして俺はどこかに昇天しちゃったかな? 普段こんなドキドキすることがないだけにやばいんだけど。
「あ、そうだった。高洲くん、紹介するね。隣の子は私の友達で、岬珊瑚。って、本人から紹介させるべきだよね」
「い、いえ」
「改めて、岬珊瑚ですよー! さんごって呼び捨てでオッケーです。いやぁ、キミに会いたかったんだよね。キミの声を聞いてこれはイケる! って思っちゃった。って、緊張してる? もっとキミの声をカモン!」
「は、いや……よ、よろしくお願いします。岬先輩」
「先輩とか固いなぁ。まぁ仕方ないか。で、高洲くん。突然なんだけど、バイトしない?」
「え?」
もしやこれが世に聞く怪しげなセミナー何とかか? くっ、入江先輩を使って俺を呼びだすとは何てことだ。モテ期だとか勘違いした俺はアホじゃないか。いくら綺麗すぎる先輩でもやっていいことと悪いことがあるじゃないか。妙に馴れ馴れしいし、どう考えても俺がモテるわけが……。
「あぁ、怪しい誘いとかじゃないからね? そう思ったでしょ? てか、顔に書いてる。キミはいい子なんだね。そもそもマナの後輩君を騙すとかあり得なくない? そうじゃなくて、キミのイケボに惹かれたの」
「お、俺の声ですか?」
「そそ、自分でも認めてるよね? ね?」
「俺の武器みたいなもんなんで、それは自覚してますけど……それがどうしてバイトに?」
「バイトってほどでもないんだけど、キミのイケボが欲しい! かな。無意識かもしれないけれど、キミの声で並の女子は聞いただけで腰が砕けるんだよね。だから、体育祭の放送関係に欲しいんだよね。男子には関係ないかもだけど、女子には有効すぎるから役に立つ……じゃなくて、活躍できるよ。もちろん、学園祭でもキミの声で吹き替え劇とかやりたいし。ね、どうかな?」
なるほど。俺の声の有効活用か。てっきり背中を使うかと思ってたけど、声だけなら楽は楽だな。入江先輩に会う機会も増えそうだし、岬先輩も悪い人じゃなさそうだしやろうかな。
「いいですよ。俺なんかでよければ」
「お、マジで! そう言ってくれると思ってたよ! さすがマナの後輩君だね。ってことで、高洲君。もっと近付いて顔を良く見せてくれる?」
「へっ? あ、は――いっ!? えっ?」
おいおいおい、何でキスされてんの俺? え? 顔近付けただけでキスするとかどんなパラダイス?
「てことで、前払い成立! そんじゃあね! 詳しく決まったら教室行くからよろしくー!」
「……あ、ちょっ!」
何だったんだ。いつからこの学園の女子は、キスを安売りするようになったの?
「高洲くん、ごめんね? さんごは悪い子じゃなくてああいうのに抵抗がない子だから。よく海外に行く子だし、キスは挨拶代わりって思ってるんじゃないかな」
「そ、そういうことなら、そう思いますが……と、ところでバイトはどうなったんですか?」
「そう! それも話したかったの! 高洲君、放課後も一緒にいれる? デートしようよ」
「ふぁぁっ? で、でででデートですか? それも入江先輩と?」
「嬉しいでしょ? 授業終わったら教室に行くから、あ、今度は前から呼ぶよ。いい?」
「ももも、もちろんです!」
「うし、じゃあ放課後に。じゃあね、高洲くん」
「はひっ!」
おや? これは鮫浜が見せてくれている悪夢? なわけがないよな。モテ期の無駄遣いじゃなかったのか。これは最高すぐる! 最近まで色々ありすぎたから良くないことを先行して考えるようになってたけど、これはイイ! 最高じゃないか。あぁ、とうとう俺の告白が入江先輩に浸透したんだな。胸ドキだ!
キャラクター紹介 入江真魚 綺麗すぎる2年生
湊の先輩で、ファミレスで出会った先輩でもある。出会った時から一目惚れをした湊が、会うたびに告白をするくらい綺麗すぎる先輩。
ファミレスが改装工事に入る際に、湊の魅力に気づき接近するようになるが……。




